言い終わる頃には、少年の目から大粒の涙が落ちた。銀の妖精は、相変わらず僕の周りを無表情で飛び回っている。僕は少年の正面に跪いて彼の泣き顔を覗き込んだ。置いてきぼりの少年の泣き顔を。きっと今日の彼は今頃、友人たちと笑い合っていることだろう。そうして、置いてきぼりにした自分のことを忘れてしまおうとしている。自らの手で、人生の中から一日を消してしまおうとしている。それが癖になって繰り返されれば、大切な過去がどんどん消えていき、穴だらけの脆い人生が出来上がる。今の僕のように。
「君はまだ追いつける」
僕は言った。少年は疑うように僕を見る。
「本当だって。今日の君がどこにいるのか、君は知ってるだろう?」
少年は頷く。
「なら大丈夫」
「でも、今日の僕に追いついたら、やっぱりずっと覚えていなくちゃいけないんでしょう?」
「そうだね」
「明日になって僕が消えたら、なかったことになって、だから、嫌なことが消えるのはいいことじゃないの?」
「確かに、嫌なことが消えるのはいいよね、楽になる。だけど、人が傷つくってことは、そこに心があるからなんだよ。嫌だから忘れるってことは、そこに在った気持ちを消しちゃうってことなんだ。バラバラになった蝶々を見て心を痛めたのは、君がやさしいからだ。君が消えるってことは、君のやさしさが消えるってことだ」
「・・・・・」
「今日の君にはまだ、やさしさを取り戻すチャンスがある」
しばらく少年は黙っていたが、やがて涙を拭いて顔を上げた。
「わかった。僕戻る。お兄さんありがとう」
手を振ってから走り出した少年は、やがて消えた。そこへ妖精が出てきて、僕の顔を覗き込む。
「偉そうにって、思ってるんだろう?」
僕の言葉なんて聞いていないという風に、妖精はふわりと飛び上がる。その先に見えた空に、もう雲はかかっていなかった。感情を欠いた音で、妖精は淡々と歌う。