小説

『ホープスカイ』和織(『うろこ雲』)

 銀の糸がチラついて、それに目を釣り上げられるように空を見上げた。小さな銀の妖精が、そこにいる。でもその妖精は、僕にしか見えないくせに、どうしようもない僕をどうにもしようとはしない。ふらふらとふわふわと、目の前を、ただ純粋に問題提示するように、無表情で飛んでいる。天河石の上で斑になっている雲は、まるで妖精に蹴散らされたかのようだった。
 先ほどから、ある少年が僕を見ている。十は越していない。背負ったランドセルのベルトを、両の手でぎゅっと握り締めている。その少年は実は、ここにはいない。というより、彼を見ようとする者がいないから、殆ど存在しないことになってしまう。僕に少年が見えるのは、本当にたまたまの暇人であったからだ。
「そこで、何があったの?」
 目の端で少年を捉えて、僕は言った。しかし僕に問いかけられると、彼はそれまで訴えかけるようにしていた瞳を俯いて隠してしまう。その姿は、まさに今彼の上で梢をもたげているアカシヤそっくりだった。ここから百メートルほど行ったところに、小学校がある。彼はきっとそこの生徒で、このアカシヤ並木は通学路なのだろう。
「何事も、本当に解決したいのなら行動は早く起こさなければならないよ。そうしなければあれよという間に手遅れになってしまう」
「・・・うん、うん。そうなんだけど」
「言葉にするのが怖いんだね?」
「・・・・・」
「でも怖がって何もしなければ、起こったことを認められない。事実を手に取って、もう一度きちんと確認するんだ。怖くてもいい。多少手が震えていたって、動かせないわけじゃない」
 少年は顔を少しだけ上げてみせ、上目遣いに僕を見た。
「僕・・・僕ね、そんなつもりじゃなかったんだ」
「うん」
「だっていきなりで、びっくりしちゃったんた。本当にそれだけで、そんなつもりじゃなかったんだよ。だけどそのとき、みんな僕を、嫌な目で、なんだか、冷たい目で見たんだ。それがずごく嫌だったんだ。わざとじゃなかったのに・・・僕のせいじゃなかったのに・・・。だって、いきなり目の前に出て来たんだよ、その、蝶々」
「驚いて、咄嗟だったんだね」
「そう。わぁーってなっちゃって、手で、こう、ね、バタバタしちゃってね、目に入るんじゃないかって・・・何かが、ずっと手に当たってて、それが怖くて、多分、いっぱい叩いちゃったんだ。あんなに小さいのに。だから、バラバラになっちゃった」

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