小説

『みんな誰かを好きになる』広都悠里(『はちかづきひめ』)

 言いながらわわわわわ、唇が震え、落ち着きなく目は左右を行ったり来たり、挙句にがつ、と机の角で腰を打ち「あったーたたたた」と情けない声をあげる日和を梨花は冷たく見ながら「ぶれないめげないポジティブ王子、っていつも感心してたじゃない」とはっきりした声で言った。
「ちょ、ちょっとそんなことをこんなところできっぱり言っていいと思っているの?」
「いいとか悪いとか、どうでもいいよ。だってそうじゃない、日和はいつだって思ったことをはっきり言っているんだよね? いつだってまっすぐごまかさない、それが中道日和じゃない」
 どん、と日和の背中を梨花が押した。
「え?ちょっとまってよこんなのまるで」
「オレじゃダメなの? オレ、がんばってきたしこれからもがんばるし」
「いや、待って。ちょっと、待って」
 くるりとみんなに背中を向けて日和は走りだす。
「あ、逃げた」
「らしくないよ、日和」
 らしくないって、じゃあ、あたしらしいって、どういうの? 自分に問いかけながら日和は走る。
 あれ?なんか、うれしい。どうしよう。なんでだろう。走るうちにわらいがこみあげてきて、とくとくと胸が脈打つ。どんどんからだが軽くなっていく。
 魔法だ。ずっと隠していた、奥深くに閉まっていた言葉。
 目がくらむ。 
 たったひとことで世界が変わる。新しい、明るい世界。
「わあああああああ」
叫びながら笑う。今きっとあたしは一番強い、なぜなら幸せそうに笑っているからだ。ざまあみろ、あたしの勝ちだ。
 いつも泣き出したいぐらい不安だった。変われない自分がいやだった。全部蓋をしてなかったことにして知らん顔をして生きてきた。
 いつのまにかあたしを追い越して、陽の当たる世界にいるような新がずっとあたしのことを見ていてくれたなんて。
 ああどうしよう。
あたしはどんどん優しくなって世の中のすべてを許したい気持ちになる。こんなの全然、中道日和らしくない。
 それでもいいか、と思ってしまう自分に驚く。
「逃げるなよ」
 息を切らして追いかけてきた新に日和は「ありがとう」と微笑んだ。
「けっこう、好き、かも」
「けっこう、と、かも、はいらないよ」
 顔を見合わせて笑う。
「行こう」
 新が言う。
「うん」
 どこへ、とは聞かない。だってどこへ行くのでもかまわないのだから。

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