小説

『うさがなえ奇譚』佐倉アキ(『徒然草』「これも仁和寺の法師」)

「はあ……」
 心の問題を疑われている。
 私としては、原因の究明よりも、一刻も早くこのウサギ頭を抜いて欲しいのだが、医師には伝わっていないようだった。
「特にないです」
 私の答えに、医師は「ああ、そう?」とつぶやいた。
「やっぱり、抜くことはできませんか?」
 見かねた宮瀬が助け舟を出す。
 宮瀬の言葉を受け、医師は急に立ち上がった。そして、診察室の端にあるガラス戸のついた棚へと向かい、一冊の分厚い本を持って帰ってくる。机に置き、医師はなれた手つきで本をめくり始めた。
「えーと、着ぐるみの抜き方はっと……」
「も、もう大丈夫です」
 何だか申し訳なくなってきた。
 それに、ここでは解決しない。そんな予感がした。
 私は宮瀬を引き連れ診察室から出る。すると、後ろから「書いていないよなぁ」という声が聞こえた。

 家に帰りつくまで、誰ひとりとしてしゃべらなかった。疲れきった私と宮瀬がリビングのソファでうなだれていると、春斗がお茶を淹れて持ってくる。盆には湯飲みが三つあったが、私の頭には例のものがあるので飲むことができない。
 そのことに気づき、春斗が顔を赤くした。
「す、すみません」
 誰に配ることなく、春斗はテーブルに盆を置く。宮瀬も湯飲みを取らなかった。
「もう、このまま生きていく」
 葬式のような空気に耐えられず、私はそう言った。
「馬鹿。それで生きていけるわけないだろ」
 長年の付き合いが災いし、宮瀬からは容赦のない言葉が浴びせられる。春斗は私と宮瀬を交互に見ていたが、何も言うことができずにうつむいてしまった。
 あのとき、なぜこの頭をかぶってしまったのだろう。
 今更ながら、後悔が生まれる。

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