小説

『うさがなえ奇譚』佐倉アキ(『徒然草』「これも仁和寺の法師」)

「なかなかじゃないか?」
 近くにあった姿見の前まで行くと、その滑稽さに変な笑いが生まれる。大きなウサギ頭に、よれたシャツ、袖の伸びきった深緑のカーディガン。ひょろりとやせた体と合わさると、何ともいえない脱力感がある。
 しばらく、鏡の前でくるくる回ったり、ポーズを取ったりしていると、酔いもさめ、急に冷静な頭に戻った。
「馬鹿らしい……」
 そう言い、ウサギ頭に手をかける。かぶったときと逆の要領で持ち上げ、顔を出す……はずだった。
「――あれ?」
 外れない。
 そんなはずはないと持ち直し、再び上へと引っ張る。しかし、びくともしない。かぶった初めはすべてがゆるかったように思える。頭がぐらぐらと動くほどで、だからこそ、鏡の前でふざけることもできた。
 ただ、今は違う。首にはウサギ頭の短い毛の感触がある。圧迫というほどではないが、ぴったりとくっつき、指を入れる余裕もない。
 ぐいぐいと無理に抜こうとするが、首がすれたのか、痛みが走った。
 ああでもない、こうでもないと、十分ほどウサギ頭と格闘する。額には汗が浮かび、息が苦しくなってきた。
 やはり、取れない。
 私が床に座り込んだとき、下の階からどっと笑い声した。

 その後も何とかウサギ頭を取ろうと、本体をねじったり、足を使ったりと、試行錯誤をしたが、びくとも動かなかった。
 万策つき、納戸から出る。すると、廊下の突き当たりにあるベランダに宮瀬がいるのが分かった。手すりに重心を預け、空を見たまま動きがない。タバコを吸っているようだった。
 助けてもらおうと、宮瀬の後ろまで行くが、どう切り出していいのか分からない。考えあぐねているうちに、背後の異様な気配に気づいたのか、宮瀬がゆっくりと振り返った。
 宮瀬は一瞬、表情をこわばらせる。しかし、すぐに中身が私であることに気づき、おもしろそうに目を細めた。
「何だそれ。今から見せにでも行くのか?」
「取れなくなった」
 私の言葉に、宮瀬の動きが止まる。
 右手に持ったタバコの煙が風に揺られ、なだらかな曲線を描く。

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