「後悔は、していないのか?」
私はいまだに、大切だった兄の記憶を引きずっていた。
気まずい静けさが、リビングを包んでいる。壁にかけられた時計の音がやけに大きく聞こえた。
「僕は……」
口を開いたのは春斗だった。
「叔父さんにはすごく感謝しています。育ててくれたことだけじゃなくて、本当に多くの場面で助けられてきました」
春斗は続ける。
「本当は、もうひとりで歩いていかなきゃいけない歳だって分かってるんです。でも、いつまでたっても勇気が出せなくて……」
「違う。そうじゃない、そうじゃないんだ」
これでは私が春斗を煙たがっているようだ。私が言いたいのは、春斗が自分のせいで何かをあきらめざるを得ない状態になっているのではないかと、そういうことだった。
私の吐露に、春斗は驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの優しい瞳に戻る。
「僕があの高校を選んだのは、今の生活を壊さずに通えるからなんです」
春斗が続ける。
「でも、本人を前にして言うのは気恥ずかしくて、それで嘘をついているように見えたんだと思います」
「……!」
「叔父さんはいろいろなものをくれました。居場所も、家族としての思い出も……だから、後悔なんてありません」
私は何も答えることができない。
本当に、本当にこれでいいのか?
「もっと、ちゃんと話すべきでしたね。ごめんなさい」
春斗はそう言うと、静かに立ち上がり、私の前まで来る。
そして、困ったような笑顔を見せる。
「こんなもの早く取りましょう。宮瀬さんの言った通り、このままじゃ生活できませんよ?」
春斗がウサギ頭に手をかける。そして、そのまま待ちあげた。
するりと顔が抜ける。
視界が一気に明るくなり、私は目を細めた。