小説

『五人の誰かさん』伊藤なむあひ(『三匹の子ブタ』『七匹の子ヤギ』)

 やがて誰かさんが鳴らす大きな鐘の音で僕たちはまた小屋に集まり、それぞれの成果を持ち寄る。昼食を作るのだ。調理はその日集まった材料に応じて誰かさんが決めたメニューを、またそれぞれが分担して行う。昼食の後は全員で昼寝をする。僕たちはほとんど夜に眠ることができない。夜は暗闇に紛れてオオカミが僕たちを食べてしまわないか気が気でないのだ。
 全員が目を覚まし、僕たち五人が再びテーブルを囲む頃には既に夜の気配が立ち込めている。夜の直前、ほんの短い時間だけ訪れるこの時間を、僕たちは夕方と呼んでいた。
 この時間は武器を探しに行く。もちろん、オオカミを殺すための武器だ。それは鋭くとがった木の枝だったり、投げるのに最適な大きさの石だったり、どこから流れ着いたのか分からないような金属片だったり様々だ。昼間の食材集めと違うのは、バラバラに行動しないということ。この時間になると誰かがひとりでいるときにオオカミに襲われる可能性があるかもしれないから、という誰かさんの判断だった。なるべく早く武器探しをきりあげ、僕たちは小屋の前に集まる。誰かさんが火をおこし、五人でそれを囲む。
 まどろっこしい話はやめよう。事実だけをひとつ述べる。僕たちのなかにオオカミがいる。僕たちは知っていた。むかしむかし、僕たちは七人だったことを。七人がそれぞれの小屋に住んでいたんだ。プライベートも確保されていたし、七人は快適に暮らしていた。ところがこの小さな村にある日突然オオカミがやって来たんだ。オオカミときたら、まずは藁の家を訪れてはその自慢の息で吹き飛ばし、次に木の家に向かい体当たりでそれを破壊し、たちまち二人を食べちまった。
 残った僕たちはそれぞれの小屋の窓からそれを眺めていた。呆然としながらね。そしてオオカミが最後の大きなひと固まりを嚥下している間にこの丈夫なレンガの家に逃げ込んだってわけさ。
 さて、問題はそこからだ。レンガの家に逃げ込んだのもつかの間、僕たちがようやく安堵の息を漏らしたところでドアがノックされた。僕たちは思わず顔を見合わせた。誰かさんにいたっては苦笑すらしていた。考えてもみてくれ、このタイミングのノック。どう考えてもオオカミだろう。ところがドアの向こうから聞こえてきたのはこんな言葉だった。
「坊やたち、開けてお誰かさん。お母さんだよ」
 何て言えばいいかな。ハスキーボイスっていうのかい。少し高くてかすれたような声さ。とにかくそんなオオカミらしからぬ声でそんなことを言ってるんだよ。僕たちはもう一度顔を見合わせた。どうしてかって、そりゃ、僕たちは自分の誰もが母親なんて見たこともなかったからさ。ただ、僕たちの誰もが母親ってやつに会いたいと思ったことがないかというとそんなことはない。知識としてそういう存在がいるってことは全員が知っていたからね。そいつはそれを巧妙に利用してきたんだ。
「もしかしたら、ということもある」

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