「いってらっしゃい」
送り出す母親の声も、上の空で聞いていた。頭の中でブツブツと呟く。どうしようか。何をしようか。どんな手順で実行しようか。
学校につくと知人を通して昼休みに彼女を呼びだした。対決の場所は屋上に向かう階段の途中の踊り場。そこなら人も来ないし、誰にも邪魔されない。
昼休み、いつもは騒々しい校舎全体が不思議ととても静かだった。誰の足音も声も聞こえない。寒いくらいにシーンとしている。先についた私の後に、少し遅れて彼女がやってきた。私は下の廊下から見えないように、踊り場の奥の階段の途中に立った。彼女は踊り場から私を不思議そうに見上げて、頸をかしげた。
「どうしたんですか?」
その仕草が、また歪んだ鏡を見せられているようで、私は気味が悪くなった。だから私の決意はますます堅くなった。私はスカートのポケットに隠してあったハサミに手を伸ばす。冷たい、キンとした塊が私の手に触れる。
ちょっとね、と言って、ぎこちなく笑ってみせて、私はそれを取り出した。それをシャキシャキと動かすと、彼女は右手を広げてかざして、それを防ぐようにした。顔は恐怖に歪んでいた。
へえ、私こんな顔するんだ。
「なに。怖いよ」
弱々しい声の彼女を前にして、私はヘラヘラと笑いながらハサミをぐっと彼女に突きつけた。
シャキッ。
ハサミを動かしながら何度か突き出すと、思いがけず彼女の手の指をとらえて、鮮やかに切り裂いた。
「いたいっ!」
彼女が私と同じ目を見開いて、左手で右手をぎゅっと握る。その指の間から真っ赤な濃い血が流れ落ちた。
赤い血。私の血?
違う、何か思ったのと違う。彼女を傷つけたのに、私は全然痛くない。突き刺さったときの肉の感触はあったけど、その肉は私に少しもつながって無い。
私は我に返った。
あれ? 眼の前にいるのは誰? なんで?
何かしなきゃと思った。でも頭の中は真っ白だった。
その間にも彼女の手から血は点々と落ちていって、出血で彼女が死んでしまうのではないかと怯えた。