小説

『ドッペルゲンガー』植木天洋(芥川龍之介『人を殺したかしら?』)

 学校の敷地に入ってから、あの子に偶然また出会ったらどうしようと思いながら、恐る恐る左右に目線を走らせて正門を抜けた。コソコソと隠れるようにして教室に入って、席に座ってじっと膝の上で拳を握る。
 このまま二度とあの子に会わずに過ごせれば、何もなかったことにならないかな。死なくても大丈夫にならないかな。
 ドッペルゲンガー。
 彼女も今この校舎のどこかで歩いたり、しゃべったり、私と同じように授業を受けているかもしれない。
 どうしよう。
 アウディの時計を握りしめる。手に、汗がたまっていた。授業の間ずっと同じ姿勢でいたせいで、関節がこわばってギシギシと気持ちが悪い感触がする。
 チャイムが鳴って我に返った。
 私の様子がおかしいことに、クラスの友達が気づきはじめた。
 仲の良い子が「どうしたの?」と聞いてくれたけど、ドッペルゲンガーのことを話す気にはならなかった。なんだか改めて考えるとすごく馬鹿馬鹿しいような気がして、そのくせ頭がいっぱいになるくらいに気になって、どう話せばいいかわからなかったから。
 ドッペルゲンガーを見た者は三日以内に死ぬ・・・・・・その言葉は、私の中ですっかり現実になっていた。
 すごく怖かった。
 どうやって死ぬのかな。痛いのかな。苦しいのかな。
 もうすぐ死ぬような重病を宣告された難しい病気の人は、こんな気持ちなのかな。
 でもこんなこと、誰に話しても信じてもらえないと思う。笑われて、馬鹿にされても仕方ない。だから放っておいてほしかった。
 「何でもない」というと、友人は眉を曇らせながら去っていった。
 ごめん、でも今は一人にして欲しい。一人で、覚悟を決めさせて欲しい。私は手をさらに強く握って、手の中の時計はすっかり温まっていて、その生ぬるい金属の硬い感触が気持ち悪かった。
 家に帰ってから、やっぱり食欲がなくて、夕飯はご飯を一口食べるだけにした。さすがにお母さんが心配したけど、気分が悪いと嘘をついてベッドに潜り込んだ。
 ううん、気分が悪いのは嘘じゃない。息苦しくて、体が重い。
 もう残りは二十四時間を切った。いつ死んでもおかしくない。
 でも共働きでいつも忙しそうな両親を心配させたくないので、打ち明けることも相談することもできなかった。

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