あの人は私を真っすぐに見て、傷を隠して立ち向かうような表情でそう言ったの。私いよいよ心配になってしまったわ。だってそうなると、彼がもう何があっても自分の考えを変えることのないことを知っていたから。案の定、あの後何度話をしても、結局彼は私の言葉を聞き入れなかった。私の胸は押しつぶされてしまったわ。
私はまた、泣き続ける日々に身を置いたの。どうして?となんと唱えても、返ってくるものは何もなく、あの人に「会いたい」と伝えても、来てはもらえず。何とか車に身を預けて会いに行っても、顔すら見せてもらえず。ついには両親が他の結婚相手を探し始めまたわ。でも私はどうしてもあの人でなくては駄目なの。会いたくて会いたくて、どうしたらあの人に会えるのか、ずっと考えていたわ。それでね、もうたった一つ、この手段しかないって思ったの。悲しかったわそりゃあ。でも仕方ないじゃない。一目、一目でよかったの。彼を見てね、そして彼がただ、気づいてくれるだけでよかった。そうさせる為ならなんだってできたわ。だって私、心から彼を愛していたから。
その夜、先生から頂いた眠り薬を、いつもよりも多めに飲んだわ。それから、父からくすねたマッチに火をつけ、床に置いたの。やっとあの人に会えると思うと、心が穏やかになっていったわ。苦しみが終わるのだと知って、私はすぐに、深い眠りに落ちた。それから、気づいたときにはもう、そう、私は燃えた私を見ていた。父と母は無事だったけれど、私の体を見て泣き叫んでいたわ。かわいそうなことをしてしまったけれど、仕方なかったの。それにこれは私の人生だったから。
その価値を理解している誰もが、口々に言っていたわ。ああなんてこと、あんなに綺麗な顔が、肌が、髪が、全て燃えてしまうなんて、と。それはお葬式のときだって同じで、私という美が失われたことを、誰もが嘆いていた。やはりそれが当然なのよ。その当然のことが見えなくなってしまったのが、自分の愛した人であることは辛い事実だわ。でも、私はやり遂げた。ああ、そしてやっと、ああ、やっと、待ちに待っていたあの人が現れたわ。もちろんもう手遅れだけれど、いいの。彼が気づいてくれさえすれば、わかってくれればそれで。だってやっぱり、人は失ってみないとわからないのよ。私は、寛大な心で彼の姿を受け入れようと思ったわ。私の美しさなしで生きていかれる筈がないと、そのことを、嘆き悲しみながらやっと理解あの人の姿を。でもね、両親のもとへやってきたあの人を見て、私は愕然としたわ。なんということ、彼の薬指には・・・・・
「娘がご迷惑をかけてすまなかった。君のせいではないんだ。どうか気に病まないでくれ」
泣いている母の肩を抱いて、父が彼にそう言ったわ。。
「いえ、僕がもう一度話をしていればこんなことにはならなかったかもしれない。それは事実です。お二人をこんなに悲しませることになった責任は、自分にもあります」
「いいや、君は何を言われても自分の気持ちを貫き通した。娘のせいで嫌な思いもさせただろう。許してくれ。あのお嬢さんと、ちゃんと幸せになってくれ」
そんなどうでもいい話をして二人は握手を交わしたの。それからあの人は、式の間中一度も涙すら見せることはなく、そのまま帰って行ったわ。ただ一つ人間らしかったところと言えば、私の好きなチョコレートを持ってきたことくらいだった。
彼はやはり、すっかり騙されて丸め込まれてしまっていた。洗脳されていた。私はその彼の愚かさと、あの女のしたたかさが恐ろしくて、悲しくて、苦しくて、絶望したわ。最後の機会を作った私の命は、あっけなく無駄になってしまった。信じられる?あの人は、あんなに愛おしんでいたこの美しさの価値を、忘れてしまったのよ。