あの人からお別れの言葉を告げられてから、私は何も口にすることができずに、ただずっと泣いていていたのよ。まさか彼が、自分以外の人を愛するようになるなんて、それは頭の中をかすめたことすらないくらい遠くて有り得ない筈の事実だったのだから。でも泣き続ける私を見て父と母は、お願いだから何か口にしてくれと私に悲願したの。
「ほら、お前の美しい肌が、輝く瞳が、絹のような髪が干からびていく。こんなことはとても耐えられない」
そう言って、二人も泣いていたわ。私の美しさが失われていくことが恐ろしかったのね。だから私は、これ以上二人を悲しませてはいけないと思い、水を飲み、少しの食事をとったの。でも、そうすることで両親の悲しみを癒せても、私自身の苦しみは続いていたわ。私は、もう一度あの人とお話をしようと決心したのよ。よくよく考えてみると、おかしなことだって思ったんだもの。だって私たちはあんなに心から愛し合っていて、お互い以外に代わりはいない筈なの。そう、だから、きっと心の優しいあの人が、私たちの幸せを妬んだ誰かに、ただただ、人の幸福を壊そうと目論む誰かに、騙されているのではないかって気づいたの。
それから私は、「彼の愛する人」というのをこの目で確かめる為に、彼の働いている会社の周辺へ通いつめ、彼の様子を観察したわ。そのお相手が、彼と同じ会社にいる女性であることはわかっていたから。でもね、何せ私は昔から目立ってしまう質で、変装にはとても苦労したのよ。人目を引いてしまうし、すぐに顔も覚えられてしまうから、なるべく目立たない格好をして、いつもスカーフで顔を隠さなければならなかったわ。それはそれは大変な苦労だったけれど、彼を救うためならばと辛抱したの。そして、ついにその日がやってきた。あの人が女性と一緒に、会社から出てきたの。それは何度か目にしたことのある女性で、特に美人とか目立つとかいうことのない人だった。でもあの人の彼女へ向ける目を見て、私は彼が、その女性を愛しているのだということを悟ったわ。いえ、愛していると、壮大な勘違いをさせられていることをね。
私は驚いて、声も出せずにその場に立ち尽くしたわ。だって、私より美しい人ってどんなかしらって思っていたのに、その女性は美の欠片すら持っていなかったんですもの。
私、すぐにあの人のところへ行ったわ。彼は「顔色がよくないけれど大丈夫かい?」と優しく言ってくれた。その言葉の響きにはなんの変わりもなく、やはり彼の心は私のもとに在るのだって、きっと、あの女性の巧みな話術か何かによって騙されているのだって確信したわ。だから私ね、全てを許してなかったことにするから、もう一度やり直しましょうと言ったの。けれどね、驚いたことに、彼は首を横に振ったのよ。
「君を裏切って申し訳ないと思っている。どんな非難も受ける覚悟はできている。けれど、もう君とやり直すことはできないんだ。確かに僕はずっと、君の美しさに酔っていた。君という人が僕のものであるという事実に。そして酔ったまま生きていこうとしていたんだ。でも今はね、この先どうなるかなんてわからなくとも、自分を選んでもらえなくとも、それでも思い続けられる相手がいる。それだけでとても幸せだと思えるんだよ。こういう気持ちになったのは初めてなんだ。酷いことを言っているのはわかっているけれど、でもね、君に嘘をつくわけにもいかない」