「二人とも、今日もとても綺麗だわ」
私たちの母である美しい杏里(アンリ)はそう言った。絹のような肌に、大きな黒目を持った瞳、それを縁取る長いまつ毛、茶色というよりはブロンズに近い豊かで艶のある髪。私たちを綺麗だと言うけれど、彼女の方がもっと綺麗だ。出会ったときより、そして、これからもどんどん綺麗になっていく。チョコレートによって。
満月の夜、夢の中で私たちは会う。月にそんな力があるのではない。あれはいつも、形を変えず、ただ静かにそこに在るだけ。光が満たされることで、夢の扉が開くのだ。庭のテラスに、今日は一人知らない子が来ている。私は亜凛(アリン)に、姉に目くばせをした。杏里がいつまでも私たちを眺めていて、一向にその子の話を始めないからだ。
「お母様、そちらは?」
亜凛が言うと、杏里は大げさなハッとした表情でその子を見た。
「ああ、そうだったわ。ごめんなさいね利菜(リナ)。お姉さんたちに会うのは初めてだったわね?こちらは亜凛、こちらは李杏よ。あらでも、お姉さんと言っても、利菜は李杏より年上かしら?」
「私十九歳です。お母様」
利菜と名付けられた子が言った。
「私は十七よ。でももうずっと長いこと十七歳をやっているから、姉と思ってくれて構わないわ。よろしくね利菜」
私は言った。
「はい。よろしくお願いします。李杏お姉様」
利菜は頬を染める。とても、男に絶望した女には思えない。自分もこんな風だったのかと思い返そうとして、その遠さに、やはりすぐ諦めた。
「お母様、さぁ、お食事を。光が欠ける前に」
私は自分の胸を杏里に差し出す。
「そうね。命がなければこの夢も、あなたたちも消えてしまうもの」
芝居がかった調子でそう言って、彼女は私の胸元に歯を立てる。そして、命を吸い上げる。私だけでなく、亜凛からも、そしてこれからは、利菜からも。そうやってさらに、美しくなっていく。絶望を味わって、夢の住人になった女。自分と同じ絶望を味わった者を夢に引き寄せ、その者を、生をかき集める為の自分の分身にして、そして杏里は、夢の中で永遠の美を保ち続ける。現実からは遠く遠く離れた場所で。
アンリ(anri)、アリン(arin)、リアン(rian)、リナ(rina)。一体、いつまで繰り返されていくのだろう。あと何人が、杏里の絶望を聞くのだろう。
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