小説

『Loveless』五十嵐涼(『ピノキオ』)

 やたら短いスカートにフリフリのエプロン姿の店員がテーブルに並べたのは、生クリームとアイスの洪水みたいな物体だった。
(うぇ、その生クリームの量を見ただけで胸焼けするよ。しかも何でやたらカラフルなんだよ)
 顔をしかめる僕とは反対に、彼女は胸の前で手を合わせ喜色満面だ。こういう食を好むという事は、彼女はきっとアメリカ系の遺伝子が基盤になっているのだろう。
「ホットコーヒーになります」
 僕の前にはシンプルな白いカップに注がれた、これまたシンプルなブラックコーヒーで、ほっと胸を撫で下ろす。
(まさかコーヒーも凄い事になっているんじゃないかと思ったが、良かった良かった)
「ごゆっくり〜」
 店員はプリンと上がったお尻を左右に揺らしながら奥へと消えて行った。
「何見惚れているのよ、いやらし〜」
 彼女はスプーンから大量の生クリームを滴らせながら、こちらをジロリと睨んできた。
「ち、違う!そうじゃない!」
「じゃあ何よ」
 フンと鼻息を鳴らし、強い口調で問いつめて来る彼女。
「・・・いや、ウェイトレスの仕事をしている人って今どき珍しいな、って。そういう仕事は普通ロボットがするだろ」
 サービス系の仕事は基本的にロボット達がこなしているこの時代に、わざわざウェイトレスという職業を選んだ事に正直驚いてしまったのだ。
「サービス業はストレスレベルが高いからね」
「そうそう、クレーマーとかキャーキャー五月蝿い客がいるだろ?僕だったらあんな奴らの相手、耐えられないけどな」
 そこまで言って慌てて周囲を見渡す。幸いな事に、ここの客は女子高生が多く、みな他人の事など全く気にしていない様子でそれぞれの会話に夢中になっていた。
「でもさ、さっきのお姉さん、楽しそうだったじゃない。BGMに合わせてお尻とおっきなおっぱい揺らしてさ」
 また彼女は何故か僕を睨み、小さな唇でミルクシェイクを一生懸命吸いあげていた。
(なんなんだよ、その反応は)
「統計上、確かにストレスが多いと人は思考の幅が狭まれ、強いては病にかかり易くなるという。けどね、中には例外ってものもあるでしょ。他人がストレスに感じる事でも全く感じないどころか楽しむ人もいる。つまり、そこが人間らしさだと私は思うの」
 幼さが滲み出ているふっくらとした桃色の頬に人差し指をトントンと当てながら彼女は言う。なんとも生意気さが可愛らしい少女ではあるが・・・。

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