小説

『Loveless』五十嵐涼(『ピノキオ』)

耳を真っ赤に染めながらも、にこりと微笑み、僕の前に手を差し出す。それに釣られる様に僕も思わず手を伸ばした。
「ぼ、僕の名前は・・・・・・」

 
「大丈夫?目は開けられるか?」
 聞き慣れた声に目を覚まし、朦朧とした意識の中で辺りを見渡す。
(あれ、ここ大学の研究室だ・・・)
 何がどうなったのか分からない。先程までルカという女の子と一緒に居た筈なのに、いつの間にか僕は作業台の上で横たわっていた。その横には僕を見下ろす形で教授が立っている。
「エラーが出たから駆けつけたら、キミがカフェで倒れていたんだよ」
 白衣姿の教授が顎髭を撫でながら困った顔をみせる。
「教授、ルカは?」
「ああ、カフェに居た子か。泣きながら帰ってしまったよ。その、キミの事を知って相当ショックだったらしい」
 彼は頭を掻きながら苦笑いをする。僕は何も答える事が出来なかった。
「なぁ、キミはどう思うかい?人間らしい人間とは」
「・・・・・・」
「質問が悪かった。じゃあこう聞こう。先程会った少女をキミはどう思うか?」
「どうって。面白い子でしたよ」
「そうか。では、また会いたいと思うか?」
 その質問にすぐに答えが出てこなかった。会いたくないという感情はない、ただ会いたいとはすぐに言えなかった。
「出会ったばかりなので・・・なんとも」
 これが自分の中の最善の答えだった。
「そうか、そうだよな」
 教授は深いため息を吐く。
「そう言えば、あの少女。キミを車に乗せようとしたら、戻ってきてな。もう一度キミと話がしたいと言い出したんだ」
「ショックを受けて帰ったんじゃなかったんですか?」
「一度は去ったが、何故かまた戻ってきた。私がキミと話すのは無理だと言って車を走らせると、暫くの間走って追いかけていたよ」
「あ・・・・・・」
 ヒラヒラと舞う蝶の映像が頭を過る。ルカが話していた、仲間を運ぶ蝶の話。無駄だと分かっていながらも、行動せずにはいられない、一見無駄にも思える、だが、それこそが人間らしさ。
「私の車を追いかけている途中転んでしまってね。泣きながら少女は何か叫んでいたよ。不思議な行動だ」
 あの子ならしかねない行動だ。周囲の目なんて気にすることなく、きっと子供みたいに泣きじゃくっていただろう。
(ルカは人間だ。純粋で、理解不能で、そして何より僕を好きだから)
「・・・・・・教授、僕は人間ですよね?」
 その質問に彼は答えず、眉を下げる。
「教授・・・」
「我々『人形』が人間になれる日はまだ当分先だ。人間を完全に掌握出来ることに成功すれば、我々こそが完璧なる生命体になれるのだが」
 重い体を起こそうとするが、手足が全く言う事を聞いてくれない。
「教授、僕は人間なんですよね?!」
 彼はゆっくりと首を横にふると、僕の後頭部に手を回した。
「キミは一番人間に寄せてつくったつもりだったが、もう少し研究が必要だな」
「そんな・・・・・・」
「なぜ人間は複雑極まりない回路を持ちながら、驚く程短絡的な行動を取るんだろうね。我々には理解し難い」
 ブツリという音を最後に、僕は深い闇へと落ちていった。

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