小説

『ツルの憂鬱』poetaq(『 鶴の恩返し』)

 老夫の剣幕に、おツルは恐れた。斬られる、と警戒したのだ。が、なぜ斬る。金蔓を斬ったところで、貧農に戻るだけだから、そんな愚は犯すまい。ただ、鶴と分かっていながら黙って織らせ続けた狡猾さには腹が立つ。もはや潮時、と痛感した。
「そ、そうなのかい?」
 老婆が憐れむように訊いてきた。が、その響きには既に了解済みの白々しさが感じられてならなかった。なかなか侮れぬ夫妻である。
「正直にお言い、おツル。うちらは感謝しても感謝しきれぬほど。怒ったりしてはおらぬ。なぁ、爺っさま」
「鶴なら鶴で構わぬ!」
 老夫が凛然と言った。
「わしらはタンと稼がせてもらった。報恩は充分じゃ。帰りたければ、帰るがよい」
「言い様ってもんがあるじゃろ、爺っさま」
 老婆がたしなめた。
「済まぬの、おツル。爺っさま、涙をこらえとうて強がっとるだけなんじゃ」
「婆っさまは黙っとれ!」
 老夫が叱った。
「おツルよ。これ以上、お前に負担はかけられぬ。故郷(くに)に帰るがよい」
「…………」
 急に言われると、戸惑ってしまう。去るなら、あくまで相手の過誤で去りたい。美女の性か、誇り高きおツルなのだった。
「おツルがいなくなると、婆は寂しいのう……」
 老婆が未練がましく言った。なんとか高見に立っていたいおツルは、ここぞとばかりに老婆に説教をぶつ。
「なにをおっしゃいます。お婆さまには町にたくさんお金持ちのお友達がいらっしゃるではございませんか」
「金持ち言うても、連中は緞子欲しさに近づいとるだけじゃ。芋一つ拵(こさ)えきらんのに、他人の悪口は達者。いけ好かん奴らじゃ」
「もう、よい!」
 老夫がまた叱責した。が、それを無視して、老婆が続ける。
「うちらは土相手にしとるほうが安心じゃ。小判なんざ、埋めとっても芽さえ出ん。錆び付くばかりじゃ!」
「悔しいが、婆っさまの言う通り」
 老夫が観念したように言った。

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