小説

『ツルの憂鬱』poetaq(『 鶴の恩返し』)

「そうじゃ。これまで、お前の緞子で豊かになった。感謝しとる。が、ここで開けてしまえば、もう緞子は売れなくなる。そうじゃろう?」
「な、なにゆえ、さようなことを!」
「イザナミ、イザナギを知らぬか。あの世に落ちたイザナミが、追ってきたイザナギに見るなと命じる。だが、夫のイザナギはついその死体を見てしまう。それにはウジが涌いて、とても見らたものじゃなかった」
「ウジなんて、爺っさま。やめてくだされ!」
「ご心配なく、お婆さま。おツルにウジなど涌いてはおりません!」
「さぁ、どうかのう!」
 老夫が不審げに言った。
「開けた瞬間、わしらに飛び移るかも知れぬぞ」
「やめてくだされ、というに!」
「お爺さまは疑ってらっしゃる。おツルは悲しい……」
 おツルはしゃくり上げてみせた。それにほだされたらしく、老婆が夫を詰った。
「爺っさま、そりゃ、ちとひどくないかい?」
「なにを申す!」
 老夫が一喝した。
「確かに、おツルは不憫な娘じゃ。二親に死なれ、親戚が頼りと申すが、見知らぬ者に突然訪ねてこられて、おいそれ、と引き取ってはくれまい」
「そうじゃった、そうじゃった。お前が訪ねて参ったのは雪の日。それから何日も降り続いて、泊めてやったら、お前は娘のように世話してくれた。今もって立派な緞子も織ってくれとる。おツルさまさまじゃ!」
「おツル!」
「は、はい」
 突然の呼びかけに、おツルは驚いたように背を正した。一体、なにを言い出すのだろう。まさか、いきなり斬り込むのでは。お武家と付き合いだしたからか、最近、老夫が帯刀している姿を見かけたことがある。おツルは不覚にも震えだした。
「おツル。お前はあの時の鶴じゃろう」
「えっ?!……」
「雪の中、罠にはまっておった鶴。そうじゃろう!」
「…………」

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