小説

『怪物』和織(『フランケンシュタイン』)

「それは、お前を心配して言ったんだよ」
 昼食のときに菅原さんの話をすると、孝雄さんはそう言った。今日は定休日だ。と言っても、定休日があるのはアンドロイドのメンテナンスの為だ。働き続けても壊れない機械があれば、彼はそれと一緒にずっと働いているだろう。
「心配される要素は?」
 僕は訊いた。
「母親のいない家で、根暗な父親と一緒にずっと家に籠りっきりっていうのは、確かに人間の子供にとっていい環境とは言えない」
「しかし、どこか具合が悪いとか、そんな風には見えませんよね?」
「そういう問題じゃない。人は見えないものを見ようとする。見えないものを、見えるようにする為の言葉を発する生き物なんだ」
「心、ですか?」
「そういうこと」
「実態のないものを、我々が手に入れることも、理解することもできません。とても不可解なことです。人間を解剖しても、心という臓器は出てこないでしょう?」
「実態はないが、手には入るさ。ただ時間がかかるだけだ。人間の心は情報の中にある。つまりそこら中にある。かき集めて構築すればいい。真似事をしているだけで、いつの間にか理解できるようになっているってこともあるだろう」
「では、僕は心を手に入れ始めているということですか?」
「既にそこにあるさ。小さなものが」
 孝雄さんにそう言われて、僕は疑問をアウトプットする決心をした。いや、彼が僕のスイッチを押した、と言った方が近い。
「質問をしても?もう、解くための可能性は考え尽くしました。その上で出来上がった、あなたにしか答えられない問いです」
「どうぞ」
「死は抑圧ですか?」
 孝雄さんは機械のように停止した。そしてゆっくり動きを取り戻すと、予測していた通りの言葉を発した。
「その疑問は、どうやって生まれた?」

1 2 3 4 5 6 7