彼女の手が、僕の頬に伸びた。でも触れる直前、彼女は弾かれたようにその手を引っ込める。そして立ち上がり、でも「怪物を見るような目」が、ずっとこちらへ向けられたままで、徐々に光を帯びていく。どうして泣くのだろう?と、僕は思った。
「早く壊してこんなもの」そう言って、彼女は目を閉じた。開くと同時に振り返り、ドアへ向かう。「じゃないとあなた、一生止まったままよ」
重要ファイルに入っているその記憶を、僕はあれから毎日、シャットダウンの前に再生していた。わからないことが多すぎるのに、新たに情報が得られなかった。ヒントが得られそうなあらゆるものを見た。恐怖について、人が人を叩く行為について、それから、彼女のあの表情から、「怪物」というキーワードでも検索をかけた。そして、ある物語を見つけた。その古いフィクションを読み終えたとき、いくら事実の中を探しても構築できなかった疑問が、形を成した。
「おはよう時也くん」
ゴミを出しに行くと、近所に住んでいる菅原さんに会った。彼女とは、ゴミ出しのタイミングがいつも同じなのだ。
「おはようございます」
僕は設定されている「子供」の表情をした。孝雄さん以外の大人と話すときは、人間の子供として振舞わなければならない。
「この間、旅行に行ったの。これ、お土産」
「ありがとうございます」
僕が紙袋を受け取っても、彼女は僕に目を向けたままその場に立っていた。僕は、首を傾げて見せる。
「ねぇ・・・その」彼女はしゃがみ込んで、僕の顔を覗き込む体制になった。「あなたはこれからもずっと、学校は通信制なの?」
「お父さんに聞いてみないとわからないけど、多分」
「そう・・・」
「どうしたの?」
「いいえ、なんでもない。ねぇ、うち、隆が出て行ったでしょう?だから、ちょっと寂しくてね。たまには、遊びに来てね」
隆とは、今年大学生になって一人暮らしを始めた、菅原さんの長男だ。でも彼がいなくて寂しいのなら、彼女の寂しさを軽減できるのは、隆本人だけなのではないだろうか?