小説

『ビーフジャーキーと猫』広都悠里(『七匹の子ヤギ』)

 というか、こっちは猫だから感動の再開とかあり得ないからね。そんなもの、したくもないし。
 店の前にきちりと座り小さくにゃあとないてみる。
 あたりはしんとしたままだ。
「にゃあ、にゃあ、にゃあ」
 おかあさん、おかあさん、おかあさん、いるの? あなたが捨てた娘ですよ。こんな姿ですけどね、人間の時よりずっとましです。
 がららら、引き戸が開いて、びくっとする。着物姿のおばさんが出てきたからさらにびくびくっとした。
「あら、猫」
 近寄ってきて、ふっくらした手のひらを頭の上に乗せる。うわっ、と思わず目をぎゅっと閉じると「こわがらないで。なにもしないわよ」と優しい声で言われて薄目を開けた。
「にゃ」
 目の前に顔。
 じいっと見る。
 栗色の髪を後ろでパレットで束ねた髪、面長の顔、まっすぐあたしの目をのぞきこむ目、きれいに引いた眉、このひとがおかあさん?
 年は四十代前半あたり、年齢ドンピシャ。
「毛並みもいいし、野良ちゃんじゃなさそうね」
 しゃがみこんで頭と背中を撫でてくれる。
「何か食べる?おだしをとったあとの煮干しとか」
 ビーフジャーキーの次は煮干しの出しがらかよ、と思いながら動けずにいた。
「おかみさーん、ちょっと」
 不意に立ちあがって店の中に向かって叫ぶ。こんなふうに張りのある甲高いおかあさんの声をあたしは聞いたことがなかった。
 いつだってぼそぼそつぶやくような、あるいはヒステリックながさがさした声をしていたのに。
「なあに、シノちゃん」
 ざらりとした低い声が聞こえてぴくんとした。
 この声。

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