小説

『ビーフジャーキーと猫』広都悠里(『七匹の子ヤギ』)

 とりあえずはこのままでいいんじゃないかな。きらわれそうになったら出て行けばいい。もう捨てられるのは嫌。もし捨てられそうになったら、先にこっちから捨ててやる。

 あたしが猫になった目的はもうひとつある。
 やっぱり、と言われそうだけど白状する。
 おかあさんを探す。
 わけのわからないまま捨てられたっていうんじゃ、もやもやしてのんびり丸くもなってられないっていうか、なんだろうね、いまさらどうだっていいはずなのに、何がどうわかったところで何も変わらないのに。
 知りたい。
 会いたい。
 どうして?と自分でも思う。ほんと、時間と労力の無駄だよ。
 名前だってもう相田幸恵じゃないかもしれない、幸せに暮らしていたら憎みそうだし、不幸ならやっぱりねと暗い気持ちになりそうだし、いいことなんてひとつもない。
 わかっているのに必死で調べて、この町にたどり着いて、そしてあたしは猫になった。
 猫ならおかあさんに会ってもばれない。怒られない。忘れられていても傷つかない。
 おかあさんは結局、相田幸恵のままだった。なんなのそれって。何のためにあたしを捨てたの。
 全身の毛が逆立つぐらいに腹が立つ。
 おかあさんが働いている店の名前と場所は頭の中にちゃんと入っているから、狭い路地を抜け、目を三角にしてフーフーうなりながら歩いた。
「んっ」
 足が止まる。
 ここだ。この店だ。
 おかあさんの働いている「割烹料理 せがわ」は思ったより大きくてきちんとした店だった。
 へええ。くるんと尻尾を回す。
 じいいっと店を見る。
 この店でどんな顔をして働いているんだろう。
 目を閉じておかあさんの顔を思い出そうとしてみるが、茶色の髪と桜色に塗られた爪しか思いだせなかった。そんなの、何の手がかりにもならないよ。きっと会ってもお互いにわからないんだろうなあ。

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