小説

『ビーフジャーキーと猫』広都悠里(『七匹の子ヤギ』)

 あたしが猫だったら、おかあさんはもっと可愛がってくれただろうか。
 なでたり、だっこをしてくれたりしたんだろうか。
「そんなところに寝っ転がっていたら邪魔」
 そう言って蹴られ、じいんとした痛みに慌てて起き上がり「お腹すいた」と言えば舌打ちされることもなかったかもしれない。
「面倒臭いなあ、もう」
 面倒臭い。
 そうか、あたしはいるだけで面倒臭いんだ。でもおかあさん。おかあさんが外へ出るなというから、あたしはここにいるしかないんだよ。
「おかあさん」
 呼べばうるさいね、と言われる。その腕や足に触れれば鬱陶しい、と突き飛ばされる。だからもう、何も言えない、動けない。
「本当に辛気臭い子ね」
 しんきくさい、って何だろう。でもきっと、すごく悪いことだ。だっておかあさんの機嫌が悪い。あたしは自分が邪魔じゃないことを示すために足をぎゅっと自分の方に引き寄せ、腕で抱え込み、なるべく小さくなる。
 うんと小さくなって静かにしていれば、おかあさんはあたしのことを怒らないだろう。  そう信じていた。
 だからずっと静かにしていたの。
 ちゃんと言いつけを守って、ひとりでおうちの中にいた。
 でも、ある日、恐ろしいことが起こった。
 なんだか廊下が騒がしいな、いつもしいんとしているのにやけに人の声や足音が耳につく、と思ったらその気配がぴたりと家の前で止まった。
 だんだんだん、乱暴にドアを叩く音、がちゃがちゃがちゃ、ドアノブを回す音。
「相田さん、相田さーん」
 大きな声。
 オオカミが、来た。
 床に横たわっていたあたしは、がばりと上半身を起こした。
 隠れる場所はない。

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