あの赤ちゃんも、幾度かは温もりの中にいたことがあると思いたい気持ちと、置かれた境遇も理解できなかったことを不憫に思う気持ちが合わさって、この夜、私はなかなか寝つけませんでした。
それから数日後。
年の瀬も押し迫り、テレビでは、この一年を振返る番組が目白押しになっていました。
大掃除に時間が費やされ、食卓は「今夜もお鍋よ」と、連日、土鍋が大活躍。せめて趣向を変えようと、テーブルの真ん中でグツグツ音を立てている鍋に、ホール缶のトマトを投入した、ちょうどその時でした。
「助けてあげられず、ごめんなさいね」
テレビから、そう語る女性の声が耳に飛び込んできました。
さっきまで動物特集だった内容が、いつの間にか事件特集になっていて、チャンネルを変えようとしたサツキが、間違えてボリュームを上げてしまったのでした。
――助けてあげられず、ごめんなさいね。
それは、何年も前のあの時に、私が言うべき一言でした。
でも、それを口にしたら、それこそ本当に自分も加害者になってしまうような気がして、ぐっと飲み込んだその言葉。
私は、テレビを凝視しました。
顔こそ映し出されてはいませんでしたが、赤みがかった茶色のセーターを着た女性が、幼児の痛ましい事件があった近所の住人として、インタビューに答えているところでした。
「助けてあげられず、ごめんなさいね」
最後にもう一度、その女性は、この言葉を口にしました。
とたんに目頭が熱くなった私は、慌ててカセットコンロの火を止め、お風呂場へ駆け込み、脱衣場の洗面台の前で、声を出さずに泣き始めました。
何年分もの涙が、後から後から込み上げてきました。
「お母さん、泣いていたよ」と、こっちへ向かおうとするサツキを、篤志さんが引き止めている様子が、私の涙に拍車をかけました。
「お母さんは、こっそり泣きたいんだよ」
「こっそり?」
「涙をね、見せたくないのさ」