小説

『ごめんなさいね』吉倉妙(『マッチ売りの少女』)

 親身に説明してくれる彼に、私は小さく頷きました。
 でも本当は、それよりも「道徳上の義務」の方が心に突き刺さり、法律上どうであれ、自分は「道徳上すべきこと」を行わなかったのだと、尚更、思い知ったのでした。
 この時ふっと頭に浮かんだ、マッチ売りの少女の結末。
 最後のマッチを擦り、大好きだったおばあさんの幻とともに天国へ行った少女の顔は、微笑みに満ちていたけれど、「可哀相に」を口にした大人たちに無性に腹が立ったこと。――そんなことが、ぼんやり、頭の中で思い起こされました。
 後になって同情するなんて卑怯だと、子供心に思えてならなかったのに……。
 私は、彼らと同じになってしまいました。
 以後、小さな子供が家の中で被害者となるニュースを見ることができなくなったのは、痛ましい内容を目にしたくなかっただけではありません。
 事件の前兆に気づいていた近隣住人の声を聞くのも辛かったからです。
「じゃぁ、なぜ、放っておいたのよ!」
 彼らに……ではなく、自分に対しての怒りが甦って、叫びたい衝動にかられてしまうからなのでした。

 もちろん、いつもかも、自責の念にとらわれていたわけではありません。
 就職先が決まり、実家に戻った私は、宅配弁当を請け負う会社の栄養士として働き始め、新しい日々のもと、自分を責める場面は徐々に少なくなっていきました。
 それでも、ふとした日常の合間に事件のことを思い出したり、可愛らしい赤ちゃんを見かけると、世の中には、この愛らしい時を愛らしく過ごせない子供たちもいるのだと思わずにはいられなかったり、自責の念には時効がないのだと分かりました。
 そのためか、自分が結婚して母親になることを想像できずにいたのですが、紹介で知り合った篤志さんと、1年の交際を経て結婚することとなりました。
 会社の先輩の「とにかく会うだけ会ってみて」の一点張りに押され、仕事帰りに、先輩を交えた三人で食事をしたのが始まりでした。
「彼とはキャンプ仲間なのよ。仕事は、なんだっけ、ほら、歯の技工士をしているの」
「手先が器用なんですね」
「えぇ、まぁ」

1 2 3 4 5 6 7 8 9