小説

『ごめんなさいね』吉倉妙(『マッチ売りの少女』)

 だけど、私の変化しない記憶――私の不作為の罪を、私自身が許すことはないでしょう。

「優香のせいじゃないから、そんなに自分を責めないで」
 あの事件の後、周りから何度、そう言われたことか――。
 多分きっと、私は自分自身を責めることで、自分を救おうとしていたのだと思います。
 赤ちゃんの普通ではない泣き声を度々聞いていながら、何もしなかった自分。
(もしかして、虐待?)
 うっすらとした疑念を、(まさかね)で打ち消していました。
 その(まさかね)が(まさかね)ではなく、悲しい結果となってしまったことを、私は実家に帰省中、テレビのニュースで知りました。
 その日、両親は、お盆の頃に隣町で行われる手筒花火を見に出かけていて、私は一人で夕食の冷やし中華を食べながら、新聞に掲載されていた脳トレクイズをしていました。
 図形問題に苦戦し、テレビの音声は私の耳を素通りしていましたが、
「今日正午過ぎ、N区Y町のアパートで、生後2ヶ月の女の赤ちゃんが動かなくなっているとの通報があり、駆けつけた救急車で病院に運ばれましたが、間もなく息を引き取りました。通報したのはこの部屋に住む23歳の母親で、1時間ほど買い物に出かけて家を留守にしていたということです」と女子アナが伝えたニュースに、顔をあげた私の視線は、テレビの画面に釘付けとなりました。
 夕方6時の全国ニュースが、6時半からのローカル放送になっていて、そこには私の住んでいるアパートが大きく映しだされていました。
 N区Y町。見慣れた周囲の風景。間違いなく私のアパート。
 なのですが、テレビを通じて目にすると、まるで違う場所のように見えました。
――違う場所であってほしい……。
 そんな思いの裏返しだったのかもしれません。
 まさかこんな事になるなんて――。
「どうしよう……」
 取り返しの付かない事態を目の当たりにして、私は呆然とそう呟いていました。

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