小説

『Okiku_Dool』植木天洋(『お菊人形』)

 不毛な応酬。私の情熱と比べて彼はあまりに冷静すぎた。それよりも目の前のプログラムのエラーを早くどうにかしたいと考えている・・・・・・きっと。人形を拝めばみるみるプログラムが上達するなんてことになったら、彼も喜ぶんだろうけれど、そうなると色々と面白いことになりそうだ。一人でにやにやと笑っている私を見て、彼が小さく吹き出す。肩を小刻みに震えさせて、鼻を指でちょっとつまむ。
「何ねー」
「だから髪が」
「そんなもんやー」
 彼は一切を放棄したように、棒読みの関西弁で言い放った。いかん。まったく興味が無い気配だ。無許可で強引に人形を買ったことについて腹を立てている様子はないけれど(彼は滅多なことで腹を立てないのだ)人形をどう扱えばいいかわからないし、あなたが買ってきたんだからあなたが面倒みなさい的な、小動物を拾ってきた子供に諭す母親のような気持ちでいるのだろう。
 世話はするけど、髪が短くなるのは問題じゃないのか・・・・・・気にならないのか・・・・・・、怖くはないけれど、結構気になるよ。私はぶつぶつと心の中で呟きながら、キーボードを叩いていた。

 しばらくして、いよいよ人形の髪の毛は無視を決め込むには無理がある様相を帯びおてきた。鎖骨の下あたりにあったはずの髪の毛が明らかに短くなり、今は小さくつるりとした耳朶が見えるほどに短くなっている。後頭部はどうなっているかというと、サイドの髪と同じくらいまで短くなり、それより下にある項のほうの毛はほとんど坊主といっていい。要は刈り上げヘアーだ。サザエさんにの妹のワカメちゃんのような。
 そうなると人形の髪の毛が短くなることは仕方がないことだ、なんて風に流していたのがどうしようもなくなる。私は改めて人形を右手に掴むと、少し離れたリビングテーブルでラップトップを開く彼に近づいた。
「見て」
 ?、という顔で私を見て、彼は人形に気づく。少し顎を引いて、眉を吊り上げ、目を見開く。
「おお」
「すごいの」
「すごいね」
 彼はようやく興味をもったようにまじまじと人形を見つめ、私から人形を受け取ると、刈り上げのようになったうなじの部分を仔細に観察した。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11