小説

『Okiku_Dool』植木天洋(『お菊人形』)

「じゃあ短い!」
 彼はディスプレイに目をやったまま威勢よく認めた。というより、どうでもいいという反応に近かった。
「なんだかなー」
「そんなの買うからだよ」
「でも可愛いもん・・・・・・」
「可愛くないってぇー」
 彼がまたあの少し困った顔をする。ディスプレイから目を離さずに、厚い唇を指先でいじっている。彼が集中したい時の仕草だ。私はそれ以上彼に意見を言うのをやめて、人形を元の位置へ戻した。人形はすでに馴染んでいて、江戸時代の資料を背にちんまりと立っている。
 私はじっと人形を見つめる。正確には髪の毛の先を。やっぱり買った時より少し短い。私が眠りにつくのを待って彼が鋏を手にとってこっそり・・・・・・というのは現実味がない。彼はそういうことはしない人なのだ。なら、どうして髪は短くなったのか? 合成繊維特有の性質で何らかの変化で伸びたり縮んだりするものだろうか。残念ながら私にそれについての詳しい知識はない。検索してみようとも思ったが面倒なのでやめておいた。

 彼は人形について何も言わなくなった。目に入らなければ、人形のことなどすっかり忘れているに違いない。今日もいつものように難しい顔をしてディスプレイを睨んでいる。私はというと、パソコンを使って調べ物をしながら、ちらちらと人形へ目をやっている。やっぱり短い・・・・・・さらに短い・・・・・・。そのことについて彼に言うのはやめておいて、人形がどこまで変化するか様子を見ることにした。だって、他にやることがないし。人形を分解して中から何やら曰く有りげな御札や、それこそ‘本物の’人毛の束なんか出てきたらどうしようもない。公園かどこかで焼き捨てるか、なかったことにしてそっとゴミ箱に捨てるかだ。最後に手を合わせて「さようなら」と言おう。

 人形の髪は日に日に短くなっていく。今は、どのくらいだろう。顎のあたりより短い。明らかに短くなっている。合成繊維が伸縮する長さを大きく超えている。そのはずだ。鎖骨より長かった髪が、顎のあたりより短い…。長さにすると三センチくらいか。これはもうどう見ても明らかに短い。短くなっている。
 彼に言おうか。少し悩む。これだけ短くなれば、彼だって人形の髪が短くなったことを認めざるを得なくなるだろう。だからといって、どうしよう? それみたことか、と威張ることでもないし、見せびらかすようなことでもないし、まして、彼が「うん、髪が短くなったね」と認めてくれたところで、別に嬉しくない。事実は事実として受け止める、ただそれだけだ。
 気づいたのは、日本人形の髪が伸びると怖いと思うけれど、短くなると意外と冷静にその現象を受け止められるということだ。私だけかもしれないけれど、長くなるより短くなる方が怖くない。髪が伸びるのは生きている証だから、モノである人形の髪が伸びるのは本来ありえないことなのだ。でも伸びるから、怖い。よくわからないから、怖い。一方、髪が短くなる現象については「なんで?」と思っても怖くはない。よくわからないけど、怖くない。人が生きていて自然に髪の毛が短くなることなんてないからだ。髪の毛が抜けて薄毛になって結果的に短くなったなんてこともあるけれど、それは中高年(や一部の青年)に限って起きることであって、振り袖を来た少女の身に(病気でもない限り)起こりえないことなのだ。少なくとも、私の中では。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11