小説

『Okiku_Dool』植木天洋(『お菊人形』)

 しかしどうしよう。買って、置き場所まで決めたが彼には告白しないままだ。彼は今日は夜の八時くらいに帰ってくると言っていた。ご飯を食べてパソコンに直行するから、今夜中に人形に気づくことはないだろう。夜は照明を落としているし、彼が私のワークデスクに回りこむ機会はあまりない。私が何かに困って彼を呼んだりしない限りは。

「買ったの?」
 彼の表情と声は、怒っているというより呆れている、いや、途方に暮れているようだった。買ってしまったものはどうしようもないけれど、やっぱり日本人形が部屋にあるのは受け入れられない。君のことは愛しているし趣味嗜好を尊重するけれど、ダメなものはダメなんだよ。そんなメッセージが彼のひくつく微笑からじわじわと伝わってくる。彼が少しだけ歯を見せて厚い唇をひくつかせてなんとも言えない歪んだ微笑を浮かる時は、戸惑っている時だ。論理的に考えて解決策を導くステージの前に、「却下」と言った日本人形がなぜ部屋に置いてあるのかというステージで止まっている。
「買っちゃった」
 精一杯お茶目に、無邪気に装って、子供っぽい声を出して言う。奥様が旦那様のボーナスでこっそり高価なブランドバッグを買って、事後報告する時みたいに。もちろんネタだ。
 彼は眉を八の字にぐっと下げて、唇をゆっくりと左右に動かして歪んだ笑みを浮かべる。悲しそうにさえ見える目は人形ではなく私をじっと見つめている。なんでこんなことするの? 僕には理解できないよ。そんな感じで。
「えー」
「えーじゃなくて」
 彼は首をかしげる。日本人形を手にした私を見て、改めて軽く吹き出す。
「買ったの?」
「うん」
「あの時の人形?」
「そう」
「えー」
 彼は「おお、神よ!」という具合に目をつぶって天井を仰ぐ。
「ダメって言ったじゃん」
「でも可愛いから」
「えー、可愛くないよー」
 私は人形を右手に持って、彼の目線に持ち上げた。
「私は骨董屋から助けだされました。これからよろしくお願いいたします」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11