小説

『白い部屋』柿沼雅美(『赤い部屋』)

 グレーのスウェットを着た男が、カチャカチャとリモコンをいじりながら言うと、まぁこういうこともあると思ってるから、と監視男が言い、また腕を組んで丸いテーブルの僕らを見た。
 6人の男は、だらしない口元でへらへら笑いながらそれぞれ自分の話をしている。愛未ちゃん愛未ちゃん愛未ちゃんと全員が口にして話している。
 「ごめんね、これVRね」
 長テーブルの別の男が、丸テーブルに置かれたさっきまで僕にもつけられていたのだろう大きな眼鏡のような機器を指さした。
 は? という顔をした僕に、男が続ける。
 「あれ、ご存知ない? ゲーム好きなのに珍しいねぇ。バーチャルリアリティだよ、ごめんね、モニター参加みたいなもんだと思ってよ」
 は?
 「いや、だからさ、ゲーム会社の僕らが、どれだけ現実に近づけられるかっていうのでさ、VRのソフトを作ってるのね。で、愛未っていう子をネット上に拡散させて、つかみがよかったらリリースしようっていう、今はその最後の段階ってこと」
 は?
 僕がさらに確かめようとすると、ファンの一人の男が、愛未ぃ大好きだよ、ほんとに大好きだよ、今夜は泊まっていっていいかなぁ、などと大きな声で言った。
 長テーブルの男たちは、プッと噴き出し、女性のスタッフは、苦々しい顔をした。
 またその合間に、別のファンの男から、もっとちゃんと歌えるようにならないとだめだよカワイイ子なんて山ほどいるんだからさ、そういうのを教えるために俺らがいるんだからさ、といつからスタッフ側になったんだよというような発言が聞こえてきて、長テーブルの監視男が、そんなことわかってるっての、と小声で吐いてまたパソコンを打ちだした。
 そうか僕は踊らされていたんだ、ただの商品モニターだったんだ、という、がっかりよりも強く、愛未ちゅんがこの世界には存在しないということに大きな絶望を感じた。
 朝起きて、おはようと愛未ちゅんにメッセージを書く、学校の昼休みに腹へったーと書き込み合う。帰ってきたら、数Bムズイと書いて、頑張って、という愛未ちゅんの返事で宿題に取り組む。寝る前に、明日も歌録りがんばれ、と書き込み、おやすみの返事をもらう。そんな毎日がこんな結果で終わるなんて思わなかった。僕はこれから何をどうして毎日を過ごしていったらいいのでしょう、と目の前にいる大人たちに言ってやりたい気分だった。

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