小説

『白い部屋』柿沼雅美(『赤い部屋』)

 「あ! ほんとだね。私やっぱり大金持ちの器じゃないや。ちょっと広い部屋に住むくらいでちょうどいいのかも」
 文字通り、てへ、という言い方が似合うような照れ方をした。もし俺が大金持ちだったら、愛未ちゅんに関わるもの全てを買収するだろう。
 「愛未ちゅんは、どんな部屋に住んでるの?」
 僕が聞くと、ここだよ、と答えた。
 「え?」
 「ここだよ、私の部屋。今日はイベントだから真っ白いかわいいカーテンで覆ってるけど」
 僕は今日どこの駅で降りてどこのマンションに入ってきたんだっけ? と思い出そうとするも愛未ちゅんを目の前にして頭が働かない。
 「あっちがベッドのある部屋で、あっちがトイレとお風呂。そこにほんとはソファがあるよ」
 愛未ちゅんはそう行って立ち上がり、布の一角をめくった。レモンイエローの二人がけのソファが顔を出した。ベッドのある部屋、お風呂を想像して、そこに毎日愛未ちゅんが寝そべったり座ったりしているのかと想像しただけで行ってみたくなり、でも体が動かないことに少しイラついて、全部を吹き飛ばすように、わざと大きな咳払いをした。
 「いつも部屋にいるときはね、もこもこのルームウェアで眼鏡かけてるんだけどね、今日は特別に制服にしてるの」
 「眼鏡かけてるところ見たいなぁ」
 「眼鏡好きなの?」
 そう言いながら隣に戻ってきて座った。
 「うーん、部屋では本気の眼鏡だけど、流行ってるし、今度イベントやるときにはかけようかな」
 いいと思ういいと思う、と僕は食い気味に言う。
 「でも今日は愛未ちゅんが眼鏡じゃなくてよかったよ。眼鏡かけると、なんだか素な顔って感じじゃないって思うんだ。表情だったり色気だったり弱気な感じだったり、そういうのを眼鏡が全部遮っちゃうと思うんだよね。それに、目が合っても距離を感じる」
 僕の話に、愛未ちゅんは、いろいろ考えてるんだね、詩的だね、と笑った。
 今日一日がこれまでの一生分に値するほどの価値を持ちはじめていた。

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