小説

『宵待男』室市雅則(『宵待草』竹久夢二)

 それが彼女と今日の夜に会う時にバレることはないと思いますが、もしもを考えますと心配になりました。
 人の鞄を勝手に開けるような子でないことは分かっていますが、女の勘は鋭いと聞きますし、彼女にはいたずらっぽい所もあります。
 でも少しくらいの秘密があるくらいが男女にはちょうど良いということも聞きますし、今度は僕のいたずら心ですが、もし彼女がこれを見たらどんな反応を示すのか楽しみな部分もあります。
 そうやって彼女の事を思っていると目にゴミが入りました。
 涙が勝手に出て来ました。
 痛かったです。
 目をしぱたかせるとさらに涙が出て来ました。
 片手で看板を持ち、ハンカチを取ろうともう一方の手を鞄に入れました。
 鞄の中は雑然としてしまっていてハンカチを掴めず、手こずっていました。
 そこに突風が吹きました。
 風に煽られ、看板が手ごと引っ張られて、倒れそうになりました。
 そこには通行人のおばあさんがいました。
 僕は瞬時に鞄に突っ込んでいた手を抜いて、両手で看板の持ち手を掴み、足は大股開きで踏ん張りました。
 無事に看板は倒れることなく、おばあさんにぶつからずに済みました。
 おばあさんはそれ気付いた様子さえなく、去って行きました。
 僕の目のゴミはすっかり落ちたらしく、取り出したハンカチで涙のあとと冷や汗を拭いました。
 これで一気に疲れが出てしまいました。
 何か予定外のことが起きるとすぐに動揺する性格なのです。
 さらに昨日一日中雨に打たれたせいか風邪っぽいのです。
 少し熱もあります。
 彼女に風邪をうつしてしまっては不味いので、今日は止めておこうかなとも思ったのですが、彼女の連絡先はまだ知らず、会う約束しかありませんので、今日、僕が止めてしまったら、彼女に待ちぼうけを食らわせてしまいます。
 優しい彼女のことですから、僕が勘違いしているのではと思って、きっと時間を大幅に過ぎても待っているでしょう。
 彼女を夜の道端に放っておくにはいきません。 
 近頃物騒な事件も多いですし、どんな輩が徘徊しているか分からないですから。

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