小説

『宵待男』室市雅則(『宵待草』竹久夢二)

 ぎこちなく首を振った僕の姿を見て、彼女が小さく笑う声が聞こえました。
 彼女の方を見ると口元を手で押さえて微笑んでいました。
 とても眩しかった。
 彼女は口元から手を伸ばして、指先で黄色い花弁を撫で始めました。
 「待宵草。夜になると花を咲かせるんです。ロマンチックですよね。でも本当は、そんなの人間の勝手な解釈。夜の方が昼間に咲く花よりも少なくて花粉を運んでくれる虫の取り合いが有利だから夜に咲いているだけなんですって。こっちの方が私は好きです。なんか人間味があって」
 彼女が一息で言い切りました。
 僕は何と返して良いのか分からなくて曖昧に頷くと彼女が真顔になりました。
 「ごめんなさい。急に変なこと」
 両手を顔の前で合わせて彼女は僕に謝り始めました。
 僕は彼女に謝罪させてしまい申し訳ない気持ちになりました。
 とても可愛らしい彼女なのに謝らせしまうなんてこちらが申し訳なかったです。
 やっと僕の言葉が喉から剥がれて、口から出せました。
 「いえいえ」
 たった、これだけだったのですが、彼女の顔に明るさが戻ってくれました。
 「良かった。待宵草が好きだから思わず熱くなっちゃいました」
 彼女が僕の方を見ました。
 ほとんど沈んだ夕日が彼女の笑顔をほのかに照らして綺麗でした。
 僕は恥ずかしくてまた目を逸らしてしまうと彼女が腕時計を確認するのが分かりました。
 細い腕に巻き付けられた可愛い腕時計です。
 「もうこんな時間。それじゃ、また明日」
 彼女は冗談めかしたような笑顔で僕に手を振りました。
 そして、交差点を渡らずに左に曲がって去って行きました。
 僕は先程よりもぼんやりしながら彼女の姿が見えなくなるまで見送りました。
 『また明日』
 つまり、また明日会おうということなのでしょうか。

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