小説

『宵待男』室市雅則(『宵待草』竹久夢二)

 しかし、素直に謝れるような彼女は冗談の中にも真を含ませるような感じがします。
 そう考えていますと僕自身のミスに思い当たりました。
 『また明日』ではなく『また明後日』でもなく『また明々後日』と言っていたのを聞き違いしていたのです。
 何たるミスでしょう。
 彼女と出会って舞い上がっていました。
 そうと分かれば、家に帰ることにします。

 今日は雨です。
 しかもなかなかに強い雨脚です。
 看板持ちの服装はスーツと指定されていますので、ビニールの安い雨合羽をスーツの上に纏って、いつもの場所に立ちました。
 傘を持ちながらでも良いのですが、看板を片手で持つのは大変ですので、こういった天気の時は雨合羽をいつも着用しています。
 通りを歩く人は傘を差しているので、昨日のように顔の確認はできませんでした。
 僕は彼女が通るのを見逃してしまうのではとヒヤヒヤしていました。
 実は、雇い先からは休みでも良いと連絡があったのですが、彼女との約束でそちらに向うのですし、今後の為にも少しでも多く稼ぎたかったので仕事を請けました。
 『今後の為』とぼやかしてしまいましたが、彼女と食事に行ったり、映画を観たりとデート代が必要になってくると考えたからです。
 一日中、雨雲で空が覆われていたので時間感覚がいつもと違っていました。
 しかし、彼女と会えることを考えると待っているこの時間でさえ愛しく感じました。
 今日もあっという間に時間が過ぎました。
 雨合羽を着ていたのでスーツはほとんど濡れていませんが、足下がぐしょ濡れでした。
 足を踏み出すたびに水気をたっぷりと含んだ靴下の気色悪い感触が土踏まずから全身に伝わります。
 体も冷えてしまっていました。
 本当は早く帰って、靴下を脱ぎ去り、温かいシャワーを浴びたいですが、彼女との約束の方が大切です。
 いつもの時間に遅れて、彼女に会えないなんて最悪ですから、雨が降り続いている中でも早足で進みました。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13