小説

『宵待男』室市雅則(『宵待草』竹久夢二)

 そんな目をして立ち尽くし、心をシャットアウトしますとまるでお地蔵さんになったような気分となり、無我の境地に達しそうな気さえします。
 仏像とかお地蔵さんとか随分とその辺りの例えばかりになってしまいました。
 とにかく視覚はそんな状態です。
 それで聴覚の方はというと国道沿いですので車が多く、エンジン音が常に耳に届いているはずですが、聞こえてはいないのです。
 心を閉じていますと耳も閉じてしまうのかもしれません。
 また「口」方面は、そもそも売れないマンションの看板を持っている男に声をかけて来る奇特な人がいるわけもなく、呼吸と水分の補給のみに使われるだけでした。
 半分死んでいる。
 それが一昨日までの僕でした。
 しかし、一昨日、彼女に出会ってからは少し変化が生まれました。
 彼女が通りかかるかもしれないという期待があり、看板持ちにやりがいができたのです。
 昨日は「後で会える」気持ちが先走って余裕がありませんでしたが、僕の勘違いで今日でしたので、嬉しさには変わりがありませんが、冷静になれています。
 そうなりますと視野が広がって行き交う人が気になりますし、デパートに入って行く人の顔もさりげなく確認してしまいました。
 結局、彼女の姿は見かけませんでしたが、彼女のおかげで一日が早く終わりました。
 ただ立っているだけでこんなに胸がときめくのは初めてでした。
 看板回収の車に看板を預け、彼女と出会った国道の交差点に向いました。
 時間も一昨日と同じ六時半くらいです。

 通り過ぎる車のヘッドライトが開ききった待宵草の花を浮かび上がらせます。
 でも彼女はいません。
 腕時計を確認するともう九時です。
 何かしら事情があって遅れているのではと考えまして、この時間まで待っていました。
 やはり彼女の冗談だったのでしょうか。

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