小説

『いちょうの実』菊野琴子(『いちょうの実』宮沢賢治)

 そして真っ暗になった。
 いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、いらっしゃい、と囁く声が幾重にも響く。おまえも生きようと思うのかい、おまえも生きようと思うのかい、と尋ねる声が幾重にも響く。与えてやろう、奪ってやろう、与えてやろう、奪ってやろう、と笑う声が幾重にも響く。
 あらゆるものがひとつだ。
 ああ。これが、大地か。
―――――なあに。坊っちゃん。案ずることはない。
 他の声に紛れて細かく小さくなった鴉の声が、ぼくのもとに届いた。
―――――この地のあらゆるものから離れて空へのぼる日がすぐに来て、そういうとき、私らは皆、それをさびしいと思うものですよ。
 黒い羽が風をつくって遠ざかる音がした。ぼくの身体はもう、伸びる準備をはじめている。

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