「貴女の決断が人生を左右する。そんな場面もこの先いくらでもあるのです。その度に貴女は正しい決断をしていかねばなりません。それをお花を通して学んで下さいね。」
「はい!お婆ちゃ…じゃなかった、先生!!」
「ところで。真さん貴女はいくつになりました?」
「12歳だよ。なんで?」
「そうですか、頃合いでしょう…。」
「ころあい??」
瀧の言った頃合いとは何のことか真には知る由もなかった。だが何時になく瀧の眼光が鋭かった気がした。
その日の夕食は真の好物のトンカツだった。公務員の父である新(あらた)が定時で帰宅している時は家族揃って食卓を囲むのが木五倍子家の慣わしである。
「いっただきま~す!」
好物のトンカツに食欲旺盛な真が箸を伸ばした瞬間だった。和やかな一家の団欒は瀧の発言で一変した。
「夕食の前に皆さんにお話があります。」
こうやって家族皆で食卓を囲む時でさえ『いただきます』『ごちそうさまでした』くらいしか発しない寡黙な瀧が唐突に切り出したことで皆、箸を止め彼女に視線を集中させた。
「え?なに、改まってどうしたの、お袋?」
新は飲み干そうと口元に運んだビールの入ったグラスを卓に戻し只ならぬ母の気配を感じ取った。同時に妻の恵(めぐみ)もピリピリとした空気を察知し慌てて席に着いた。真の三つ下の弟の双(そう)でさえ口を真一文字に結び微動だにしないでいる。
「私は近々、御役目を降りようかと考えています。」
「御役目?御役目っておばあちゃんのお仕事ってこと?辞めちゃうの?」
リアクションからして父と母は瀧が何の事を言い出したのか解っている様子ではあったが真には何の事かサッパリ皆目見当もつかなかった。
「六代目 科負い比丘尼 貂妙陰(てんみょういん)の任を辞し後継に譲ろうかと考えているのです。」
「お袋、後継ってまさか!?」
「そのまさかです!真さんには七代目貂妙陰として御役目に就いてもらいます。」
「へ?私??」