小説

『TOGA-OI』柏原克行(『狼と羊飼い』)

 掃除を終え幼稚園からの親友である結衣と下校する際に男子の愚痴をこぼすのも日課になりつつある。結衣は内気でお淑やかな性格をしていて真の様に男子達に食って掛かるような事はしないが彼女の良き理解者であり何でも話せる仲だ。家も近所でよく互いの家に遊びに行ったりもする。
「真ちゃん、今日もこれからお稽古?」
「うん。今日はお華なんだ。」
「難しそう…。」
「うん。でもやってみると案外面白いよ。お婆ちゃん厳しいけど。」
「私も習ってみようかな。」
「今度おいでよ。お婆ちゃんにも言っとくから。」
「うん。」
 真は昨年から、とある流派の師範の資格を持つという祖母の瀧(たき)より日本人女性としてのお作法と教養を身に着けるべく、お茶やお華、書といった日本人ならではの伝統的文化を習っていた。瀧は寡黙で近寄りがたく何処か他人を寄せ付けない気高さを纏い大和撫子を地で行くような人物だった。それだけに真の瀧に対する尊敬の念は両親をも凌ぐ。
「お婆ちゃんの活けたお華は本当に美しいの。私も同じ様に真似してみてもね、全然違うものになっちゃうんだぁ。」
「真ちゃんのお婆ちゃん何でも出来ちゃうしカッコいいよね。それでいてお淑やかで美人だし。いつ見ても和服で凛としたイメージ。」
「うん。お婆ちゃんに弱点なんてあるのかな?ってくらい、いつもちゃんとしてる完璧な人。私もあんな品のあるお婆ちゃんになりたいな。」
「まだ小学生なのに?」
「あっそっか、まだまだ全然、先の話だね。」
 真の会話にはよく瀧が出てくる。尊敬し慕っているというのもあるが、どこか人間味の薄いまるでロッボットの様な無駄のない完璧な人間性にミステリアスな部分が秘められている様な気がするのだ。肉親である自分にすら多くを語らず素を見せない瀧への興味は尽きず、それだけにそのミステリアスな部分が真の中でどんどんと神格化されていった。まだ女性らしさだとか美しさへのビジョンが希薄な真にとってまさに良いお手本だと言える。

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