やめろ、そんな目で見るな。何が不満だ、何が気に入らない、何が何が何が。
「黙れ!」
怒鳴った拍子に宇良の膝が跳ね上がり、ローテーブルが甲高い音と共に弾き飛ばされる。
「ちょっと、気を付けてよ」
「五月蝿い五月蝿い、あんたたちに決まってる、そうだろ、そうなんだろう。返せよ、おれの亀だよ、おれが十年も面倒見てやった亀なんだよ。愚図でのろまでどうしようもないからおれが拾ってやったんだよ。おれがいてやらなきゃ駄目なんだよ、おれがいなきゃ何にも出来ない馬鹿なんだよ、おれが、返せよ、返せ返せ返せ」
「あーあー、うるさいねえ」
姫子は芝居がかった仕草で肩を竦める。ラジオか何かの雑音を聞き流すような軽い口調で。
亀は宇良が声を張り上げると必ずじっと項垂れて見せた。従順に身を縮めて、神妙そうな様子でこちらを伺いながら息を殺していた。
けれども実際には、そうして大人しく従う振りをしながら宇良を侮っていた。放っておけばそのうち気が済むだろう、相手にする価値もないと、子どもの癇癪を眺めるかのように宇良を無視した。
「馬鹿にしやがって」
だから――思い知らせてやったのだ。
宇良はパイプ椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
ドン、ガシャン!
宇良の視界の端でサンドバッグが突然倒れ、積み上げられていたフィギュアがばらばらと床に散らばった。ああ、と姫子が嘆息する。
「もう、あんたがそうやって怒鳴り散らすから――みんな怖がってるじゃないの」
「うるせえよ、返せよ、いいから返せよ殺すぞ」
宇良は一歩姫子に近づいて腕を伸ばす。姫子は面倒くさそうに一つ息を吐くと、すっと壁際を指差した。
「ほら」
ピチャン。
埃だらけの白い猫脚バスタブから、水音が聞こえる。
「自分で確かめたらどうなんだい」
ピチャン。ピチャン。