小説

『夢N夜』宮川裕陽(夏目漱石『夢十夜』)

 そもそも冒頭の文章「評判は彼自身の運慶よりも速いので、あなたは寺院、I噂の年を移動しようとした場合、私は、私が今やった護国寺の正門であなたをたくさん刻まれている」からしてとんでもない代物である。護国寺の正門で刻まれているのは仁王ではなく「あなた」のようだ。しかもたくさん。
 そして文章のところどころに散見する謎のローマ数字や記号の羅列。再翻訳を繰り返す過程で前後から浮いてしまった助詞あたりが「に」→「Ⅱ」というように変換されてしまったのかそれともただのバグか。
 とにかく言えることは、オリジナルの『夢十夜』第六話とは全くかけ離れた代物だということだ。私も『夢十夜』を読んだのは大分昔、高校生だった頃なのであまり断定的なことは言えないのだが、それにしても違いすぎる。よく運慶という名前だけでも残ったものだ。
「これは・・・物語なのでしょうか?」私がこの文章と格闘している間、ずっと俯いて貧乏ゆすりを続けていた彼が、ようやく口を開いた。あいかわらず顔をあげない。もはや彼には顔などないのではないだろうかという妙な気持ちさえしてきた。
「あの・・・これは、物語なのでしょうか?」私が沈黙を守っていると、彼は再び問いかけてきた。声は細く枯れ、すがるような口調に変わってきた。「わたしに、わたしに教えて切れませんか・・・?これが、物語かどうかだけでも・・・お願いです・・・」なぜ彼がこんなにもこんなことにこだわっているのか見当もつかないが、きっと彼にとってはのっぴきならない一大事なのであろう。それがGoogleの中の古いGoogle、昔まだGoogleが人間だった頃のGoogleなのだ。そんな彼の姿に若干の憐憫と強い苛立ちを覚え、私は言い切った。
「こんなの物語ではないですよ。ただの悪夢です」
 彼は絶句した。顔は見えないが、息を呑んだ気配がした。
「いつの間にかこんなところに連れてこられて、あなたの様なわけのわからない人間に頼まれて、わけのわからないもの読まされて、悪夢以外の何物でもないでしょうよ。いい加減こんな茶番は終わりにして、ここから出してください」
 彼は絶句し続けていた。痛いほど尖った静寂の中、ルンバ達が壁にぶつかる音だけが不協和音を奏でていた。あまりに絶句し続けるのでさすがに可哀想になった私は彼の肩をぽんと叩いた。すると彼はそのままコテンと私の足元に顔を下にして倒れ込んだ。
 彼は、古いGoogleは死んでいた。触れた途端に感じる死の冷たさ。私が殺したのだ。そう思うと、急に残酷な好奇心が湧き上がってきた。彼の死に顔を見てやりたい。決して私に顔を向けなかった彼がどんな死に顔をしているのか拝んでやろうと思い、私はしゃがみこんだ。

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