「あまりじろじろ見てはいけませんよ。あんまり見すぎると、ご祝儀として魂をとられてしまいますからね。気をつけてください」
そう言われると、彼はむしろ目が離せなくなってしまった。目を離せなくするために、三毛猫はわざとそう言ったんじゃないだろうか、と彼は思った。行列はあいかわらずゆっくりとおごそかに進んでいた。魂をとられてしまうかもしれない恐怖に心臓をばくばく鳴らしながらも、三毛猫の湿っぽいまとわりつくような声が全身にからんで、うごけなくなっていた。どうか、どうかだれもこちらに気がつきませんようにと願っているうちに、とうとう行列が目の前まで来た。必死に視線を逸らそうとしても、どうしてもはずせない。行列は彼の前をゆっくりと進んでいく。日はすっかり沈んでいた。ふいに吹く風の冷たさが気になりだし、背筋に悪寒が走った。提灯の明かりは、行列に参加しているひとたちのおごそかな顔だけをぼんやりと照らしだしていた。彼は目をつぶりたくても目の前を過ぎ行く行列から目を離せなかった。と、列のなかのひとりの男が、ふとこちらへ顔をむけた。彼は男と視線がぶつかったのを感じた。男はあきらかに、夜の闇のなかでもわかるほど、こちらをじっと喰い入るように見つめている。彼は全身から力が抜けていくのがわかった。男の口が不気味に歪んだかと思うと、その瞬間、その口が耳まで裂けてのどちんこがくっきり見えるほど大きく広がり、鋭くとがった歯をむきだしにしてものすごい勢いでこちらに迫ってきた。
うわっ!しまった!と思わずからだをのけ反らせると、彼は目をあけた。
時計はもう、家を出ていなければいけない時刻をさしていた。
「遅刻だ!」
あわててベッドから跳ね起き、冷たい床をドタドタと踏みならしながら、でかける支度を急いですませると、ドアを乱暴に閉めてカギをかけて、彼は行かなけれないけないどこかへ行ってしまった。
あとには、まだ温もりの消えていないベッドと、脱ぎ散らかしたスウェットと、出しわすれた燃えないゴミだけが部屋に残されたままになった。