これを聞いて、彼は思わず大声をあげそうになった。それかいまにも泣きだしそうになった。ぼくは大ちゃんに賛成だ!このなかの意見でいちばん、大ちゃんの意見がいちばんだ!と、彼はどうしてもみんなに伝えたかった。でも、無視される恐怖で緊張し、声がでてこようとしなかった。大声をだしたいのにちっとも声がでてこないので、彼の胸は、行き場をうしなった声に圧迫されて苦しかった。そうこうしているうちに、話はまたちがう話題にうつっていった。
(どうしてぼくは、大ちゃんにボールをぶつけてしまったんだろうか あのときは、みんながおもしろがってくれると思ったんだ ペロちゃんにも悪いことをした)
彼が過去のあやまちに苛まれていると、今いるところからもうすこし行った坂のとちゅうに、彼の母親が仁王立ちで待っていた。近づいていくと、彼女のその表情から、彼には母親が怒っていることがわかった。
「なんであんたは、みんなと仲良くできないの!なんでみんなとおなじようにできないの!さあ、友だちを見てみなさい!」彼はみんなを見た。みんなは、口を閉ざしたまま無表情で彼を見ている。けれど、彼を見ているというよりは、鏡にうつったじぶん自身の顔をながめているようなどこか虚ろなまなざしだった。「みんないい子にしてるのに、なんであんたはひとを傷つけることしかできないの!なんでわざわざ嫌われるようなことをするの!ほら、ちゃんとみんなと仲良くしなさい!ちゃんとしゃべりなさい!みんなとおなじように、みんなの会話に加わりなさい!」
彼は言われたとおりにしたかった。みんなと仲良くしゃべり、さっき言いそびれたことをみんなに伝えたかった。と同時に、そんなことはきっと無視されてしまうことも知っていた。なにも知らないで怒っている母親に、彼はできることなら訴えたかった。
(ぼくは無視されてるんだ 悪いことをしたから、大ちゃんの顔にわざとボールをぶつけてしまったから、だからみんなとおなじように、みんなとは仲良くできないんだ。でも、じぶんのこどもがみんなから無視されているなんて知ったなら、きっとお母さんはすごく悲しむんだろう)
彼はなにも言いだせず、ただじっとたたずんで、いまだ続いている母親の罵声を素直に受けとめていた。胸のあたりにつまった声はさらに行き場をうしなって、どんどん圧迫がつよくなってすごくくるしいので、目に涙をにじませて、それでもぐっと耐えていた。涙のなかで西陽が乱反射をおこして、万華鏡のようにいくつもの光の輪がまわりうごめいて目にはいるものをおぼろげにするなか、母親をあらためて見ると、彼女の腕や足や首筋のところどころの肌から、年輪がのぞいていた。どうやらお母さんは肌のところどころが木になっているらしい、と彼は思った。涙をぬぐってちゃんと見ると、それは、全身に塗られた肌色のペンキがはげてしまったようでもあり、あたらしい皮膚を移植するかわりに木材を使ったようでもあった。肌と木の構成する材質がまったく同じであるかのように、ふたつのあいだには不自然なほどはっきりとした境目がなく、あくまでも表面はなめらかな地続きになっていた。