彼の声は、みぎてにある森林にぶつかって反響するほど力強かったのに、みんなはうしろを振りかえりもしないで、ずんずんずんずん坂をあいかわらずのぼり歩いていく。
(どうやら、追いつくほかに気づいてもらう手だてはないらしい)
そこでまた彼は、もっと一生けんめい走ってみると、こんどはあっけないほど簡単にみんなのもとにたどり着いて、いったい誰なのか顔をおがむことができた。そこには、小学四年生でとくに仲のよかった四人のともだちと博多華丸大吉の大吉が、横一列にならんで楽しそうにしゃべりながら歩いていた。ちょうど、いがぐり頭のアッキーがほかの四人になにか言って、みんながどっと笑っているところだった。彼は、じぶんも会話に加わろうとしたけれど、たのしそうに笑うみんなの顔を見ているうちに、やめてしまった。そういえば、じぶんはもうずいぶん前から、みんなに無視されているのを思いだしたからだった。その証拠に、肺がすこし痛くて肩を弾ませて息をぜえぜえしてうるさいはずの彼のほうを、わざとらしくだれも見ようとしない。なんで無視されているのか、彼はちゃんとわかっていた。
(たぶん、この前のドッヂボールで、大ちゃんの顔にわざとボールをぶつけたのがいけなかったんだ みんなはなんにも教えてくれないけれど、きっとそうだ あぁ、なんでぼくは、大ちゃんの顔にボールをぶつけるなんてことをしてしまったんだろう)
遠慮がちに大ちゃんを見ると、大ちゃんの顔半分にはまだ夕陽のように赤いボールがめりこんだままだったので、彼は、罪悪感にさいなまれてうつむいてしまった。医者が言うには、あと二カ月くらい経たないとボールは摘出できないらしい。じゃないと、ボールのゴム繊維と同化してしまった大ちゃんの頭は、たちまちにしぼんでいって、中身がからっぽのただの皮っつらになってしまう。
地べたに転がっている小石を前へ前へ蹴っ飛ばしながら、彼はみんなの声におとなしく聞き耳をたてていた。
色白の林くんが、舌たらずな抑揚で言った。
「愛っていうのはね、愛するものがまだ手に入ってないからこそ、愛することができるんだよ」
次に発言したのは、博多・大吉の、鼻のつまったような声だった。
「そんなロマンチックな言いかたはやめてくれ。もうぼくはうんざりなんだ。愛なんてものはしょせん、欲望を体よく満たすために発明された、人類最大のいかがわしい汚点であり恥部だよ」
次は、桔川くんの番だった。桔川くんはきっと、前歯のでている口からツバを飛ばしながら話をするんだろう、と彼は思った。
「愛を知らないひとほど、愛について語りたがるよねえ」
最後に大ちゃんが、顔にめりこんだボールのせいでしゃべりづらそうにして、かすれた声で言った。
「ぼくはねえ、ペロちゃんを、愛してるんだよ。ぼくが、学校から帰ってくると、ペロちゃんは、いつも、玄関にいてくれるんだ。夜にさ、びしいときや心細いときは、いつもぼくのベッドに来て、いっしょに、寝てくれるんだ。夏だと、ふさふさな毛並みが、すごく暑くて、かゆいあせも、が、できちゃうけど、ぼくはペロちゃんを、すごく愛してるんだよ」