小説

『Rapunzel』友松哲也(『ラプンツェル』)

 このまま持って帰ってしまおう。
 なぜだがわからない。そんな見たこともない野菜、食べたいわけがない。それでも、幸せそうに暮らす老夫婦の顔がちらついた瞬間、自分たちの生活の平坦さを考えた瞬間、その思いが浮かんだ。一つぐらいわかりはしない。配達ミスとして処理されるだけだ。香苗は、静かにその野菜を自分のトートバッグに入れ、箱の蓋をしめた。そして、そのまま自分の家へ入っていった。

 それからは惰性だった。香苗は週一回、老夫婦のもとに届く宅配ケースの中から食材をとり続けた。盗むものは決まって野菜だった。肉でもよかったのだが、野菜の方が種類も多くて目立ちづらいというものあり、自然と野菜ばかりを盗んだ。特にあの見慣れない小ぶりな野菜があった場合には、その野菜を狙って盗んだ。美味しかったのだ。初めてケースから野菜を盗んだ日に、香苗はその野菜を炒め物にして食べた。その野菜は少し苦味があるものの、ほんのり甘みがあって非常に食べやすかった。おそらく自分で購入することはできないだろう。だからか、自然とその野菜に手がのびた。
 しばらくすると、香苗はある夢を見るようになった。しかも、夢を見る日は決まって野菜を盗んだ日だった。関係があるのかわからない。それでも、香苗はその夢を見るとどうしたってきまりが悪くなった。その夢は、いつも森の中から始まった。その森は、高い木が多く、鬱蒼としていて暗暗としている。大きな木には蔦が絡みつき、まるで蜘蛛の巣のように木々が張り巡らされていた。その中に一つの小さな建物が立っている。それは古びた物々しい洋館で、何十年も忘れ去られたような、その周りの時間がとまってしまったような建物だ。建物の背は高く、塔と言っても違和感はない。上部には大きな窓がついているが、それ以外には窓はついていない。出入り口らしいものも見当たらない。香苗はその森の中をゆっくりと歩いている。草や蔦が多くて、ゆっくりとしか歩けないのだ。それになんだか地面もぬかるんでいるようで、歩くたびに足が飲み込まれるような感覚がある。なぜ私はこんなところにいるんだろう。そう思うが、もちろん答えなどでるわけもない。ただただ、その場所がもつおどろおどろしさに恐怖を感じるだけだ。しばらくそうやって歩いていき、なんとか洋館にたどり着く。近くに来てみると、思った以上に高さがあり、唯一の窓にはどうやっても届きそうにない。建物の周りを歩いてみるが、やはり入り口らしいものは見つけられない。入れそうにもないな。そう思って、帰ろうと見上げると窓が突然開く。中からゆっくりと人影が姿をあらわす。香苗は急な出来事に驚き、反射的に逃げようとするが、足が震えてうまく動けない。そうこうしているうちに、その人影が何か言葉を発する。その声は非常にか細く、香苗には聞き取れない。香苗は怖がりながらも、振り返ってもう一度きこうとする。
「助けて…。」
 なんとか聞き取れた言葉は助けを求めるものだった。香苗は、目を凝らしてその声の主を確認しようとする。窓の奥は暗くて、人影しか見えない。
「どうしたの?大丈夫?顔をみせて。」

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