しかしよく考えてみると、盥に落ちて水に浸かった帯を、その日、締めて出ることはできなかったはずで、その帯が身投げの前兆だったというのは、どこかピンとこないではありませんか。また、入水したときに身につけていた、死者の持ち物を譲り受けて、客席で着用するというのもちょっと腑に落ちません。だから、小芳がお座敷で着用していた帯は、蔦奴が身を投げたときに締めていた帯ではなかったに違いありません。盥に落ちて水をくぐった帯も、小芳がもらった帯も、恋人から贈られたという、因縁のある帯ではなかった。そんな穿鑿(せんさく)もできます。
噂話というものは、他愛無く、あるいは密やかに、あるいは悪意にもとづいて、日々流される、不確かな伝聞、真偽不明の報道であって、同時に夢物語であり、夕暮れどきの風に乗って街をつつむ、人々の願望・幻想・怨恨の
たとえばまた、講武所――神田台所町、
この噂も、蔦奴の話につうじる、身につける物や寝具にまつわる怪談といえましょう。ただし、死者のお
古くなった品、見捨てられたものの陰気が凝ると、心弱いものには物の怪となって現われると、『付喪神記』には書いてあります。
あわれな蔦奴ですが、男の形見の帯をしめた彼女が、帯と一緒に死んでやれと思ったのも無理のないことかもしれません。
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