記事が出たのは一週間後だった。取り調べの控室で、テーブルの上に投げ出された週刊誌。誌面にでかでかと躍る社名と、荒い印刷に浮かび上がった晶子の顔。連日の取り調べで疲れ果てていた私の眼に、それらはまるで他人事のように映った。
『愛欲の果て』『美人OLの金と性』
晶子は貸付用の金を抜いていた。育った環境に事情があって、頼れるものは金だけだったという晶子は、その金を使い、以前に投資の失敗で空けた大穴を埋め続けていたらしい。ひとり文句も言わず、深夜まで及んでいた残業は、しおらしさのゆえだけではなかったのだ。まったく欲を見せなかった彼女に、いつしか私は油断していた。いつものように湿っぽい晶子の部屋、枕元での何気ない会話から私がうっかり漏らした認証コードを用いて、やられた額は巨大だった。あの雨の夜、年老いた両親の話も、かいがいしい仕送りの話も、すべては切り詰めた生活ぶりを周囲に怪しまれないための嘘だった。
「安物の指輪、か。そりゃ確かに、欲しかったのは、そんな『モノ』じゃないよな」
いつかのやりとりを思い出し私はひとり自嘲(わらっ)った。
清楚な顔で男をたらしこむ悪女と、まんまとしてやられた間抜けな上司。あとはお決まりのコースだ。当然のこととして私も職場には居られなくなり、それからいろいろあった。
しかし今でも私は、あの晶子がほんとうにやったとは思えない。口数も少なく、何か問えば潤んだ目で見返すばかりだった晶子。そのどこに、会社の金を喰らい尽くすような貪欲さを隠していたのだろう。
思えば、私が覚えているのは晶子の後姿ばかりだ。雨の夜、ひとりうつむいて残業をしていた姿。薄暗い台所で野菜を切っていた姿。あの春の午後、呼び出しを受けて事務所から出ていった儚い背中。
その瞬間、晶子の後頭部に巨大な傷口が裂けた。後頭部から首筋を通り、めりめりと音を立てながら裂け目は広がっていく。背中まで到達すると、赤黒い裂け目は巨大な口に変化した。その口から狂ったような哄笑が溢れ出し、私は思わず両手で耳をふさいだが、金属音のような轟音は容赦なく空気をつんざく。血を滴らせた真赤な咽喉の奥に底知れぬ闇をみせて、口は私を嗤った。
白昼の幻に目眩を覚え、私はいつまでも立ちすくんでいた。