小説

『待ってる』柿沼雅美(『待つ』)

 「未來よくわかるね」
 「分かるよー、だって高見先生の足元に紙袋あったじゃん? あれ絶対校則違反のリボンとか持ち物没収したんだよ」
 あーそっか、と奈子が言うと、未來は、卒業まで返してもらえないんだよしかも、と声を大きくした。
 「女子校なんだからさ、もうちょっといい感じの男の先生いないと男の子に対する偏見できちゃうっての」
 奈子は、へんけんっ、となぜか言いたくなっておうむ返しに、へんけんとかできそうー、と言った。
 「親呼び出しとかもイヤだしさー」
 未來が言って、すぐに、あ、ごめん、と奈子を見た。
 「いいよ、大丈夫だから」
 奈子が言うと、未來は黙って頷いた。ほんとは未來はうるさいタイプでも遊ぶタイプでもなくて、こうやって相手のことを見て合わせられるから、どうしたらかわいいグループにいてうまくやっていけるかとか、分かるんだなという気がした。
 「奈子、強いね」
 なにが、と奈子は未來を見て、昇降口に立っている先生に、おはようございまーす、と元気そうに言ってみた。
 「いや、だって、お母さん亡くなってまだ4ヶ月くらいしか経ってないのに、普通で、ううん、普通にしなきゃと思ってるのかもしれないけど、友達にも先生にも後輩にも変わらないし、偉いよねってみんなで話すことある」
 未來は、下駄箱を開けてちょっと手を止めた。
 「ん、ありがと」
 奈子が上履きを履きながら見上げると、未來は何も言わないで、ちょっと笑って頷いた。
 階段を上がって、教室の引き戸を開けて、おはよーと言いながら席に着く。とりあえずカバンから教科書とノートを机に入れて、バッグを机の横にかけ、いつも通り仲の良い子たちのところへ行く。
 昨日のテレビの話や、ライントークの続きをしゃべっているうちに担任が来て、ちょっと面倒な気分になって、バラバラとクラスメイトが散らばる。
 ほんとに変わってないのかな、と思う。
 実際のところ、生活自体はほとんど変わっていなかった。お母さんが何ヶ月か入院して家にいなかった日が続いていたし、ただ悲しくて寂しくて、心だけの問題で、生活のリズム自体は不思議と何も変わっていないような気がする。分かったのは、細い腕で掃除をしてくれるおばあちゃんは偉大だということと、お父さんはお母さんのことどのくらい大切だったのか分からなくなった、ということだった。

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