小説

『待ってる』柿沼雅美(『待つ』)

 奈子は待っている。今よりもっとなごやかな、ぱっと明るい、素晴らしいもの。たとえば、春のようなもの。どうかな、ちがうかな、やっぱり、でも、待っているのだった。あれでもこれでもない、でも一心一心に待っているのだった。
 スマホにイヤホンを繋いでタップする。ブルージーでスモーキー、そう紹介されていた女の子の声がちゃんと耳に流れてくる。I’m just a girl. Wishing someone would tell me it’s OK、そんな声がちゃんと流れてきて、心の中にぬるいお湯が広がっていく気がした。
 奈子は、誰にともなく、覚えていてください、そう思った。毎日、毎日、こうしては何かを待っている17歳を笑わずに、どうか覚えていてください。
 この小さい駅の名は、わざと教えません。教えなくても、きっと、あなたは、いつか私を見掛ける。

1 2 3 4 5