小説

『爆弾』初瀬琴(『白雪姫』)

 その子どもが初めて私の目の前に現れたとき、その子はまだ赤ん坊だった。丸々と幸福そうに太り、愛くるしい見た目をしていた。ちらり、と不吉な予感がかすめる。しかし、いつも通り完璧に美しい王妃を見るとそんな予感などあっという間に消えていった。この方よりも美しい者が現れるなど、あるはずがない。
 けれども、その不吉な予感のほうが正しいようだということはすぐに分かっていった。どれだけ幼くとも、その黒い髪も、白い肌も、赤い唇も、特別なものだということは誰の目にも明らかだった。すでに、賞賛の目を向ける者もいる。永遠に続くと信じていたのに、美しいと告げられる日々には終わりが来るのかもしれないと、じわじわ不安になってくる。王妃もそのことは敏感に感じ取っていた。すでに、彼女が尋ね、私が答えるやりとりは、以前とはどこか変わってきていた。ただの遊び、儀式めいていた雰囲気は段々と消えていった。
 楽しくはないだろうに、彼女は毎日やってくる。今日も、がちゃりと扉が開く音がしたかと思うと、彼女が入ってきた。以前は数人のお供を連れてきては騒ぐこともあったのに、最近は一人が多い。今日も一人だけのようだった。
 歩いてくる王妃をぴりぴりとした空気が覆っているのが分かった。以前よりも目が釣り上っているように見えるのは気のせいだろうか。
 彼女は目の前に立つと、一瞬軽く目を閉じた。息を吸い、尋ねる。
 「鏡よ鏡、この世で一番美しいのは誰」あれほどまでに答えを確信していた自信が、日に日に薄れていく。
 私が答えを口にするまでのわずかな間を、追い詰められたような険しい表情をして待つ。
「それは、あなたです」
 ふっ、と空気が緩んだ。
 いつもであれば、そのまま部屋を出ていく。けれども今日は違った。背を向けようとしたところで思い直したように留まる。
 「確かに私は美しいのだな?」念押しするようにそう言う。私は、真実しか口に出せないというのに。
 「はい、お妃様」
「そうか」その声は嬉しそうではなかった。
 「でも、それも終わりが来るのだろうな」
 そして、「これは問いかけではないから教えてくれなくていいぞ。今話しているのは全て独り言だ」と付け足す。
 寂しげに話す王妃は、いつもよりも小さく見えた。そのまま儚く消えていってしまいそうな錯覚を覚える。
 「いつか終わるが来ることなど分かっていたはずなのに、恐くてたまらないのだよ。自分が美しいということは当たり前のことだったのだから。傲慢だろう?けれど、自分の美しさは真実だということが、私にとって絶対だったのだ」

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