小説

『スーパー竹取物語』野村知之(『竹取物語』)

 天女は我を誘惑し給えり。道がにわかに下り始めた。ごろごろと転げてゆく。くるくると回る眼に、坂の終わりが見えてきた。暗く深い穴だった。止まることはあいならぬ。誘い込まれるように、私は穴に落ち込んだ。くるりくるりが、はたりと止んだ。
「おおあたり」と天女が言った。

     *

 店内放送が流れた。
「いらっしゃいませ、いらっしゃいませ。本日は『蓬莱王』にお越し頂きまして、まことにありがとうございます。それでは十三番台様、確変スタートです』
 それを聞いた女の双眸が、満月の如くに光り出した。もう食べ終えたラーメンの、鉢から滴る汁のごとき女である。我知らず手に力を加え、ガラスの向こうをねめつけた。
 鋼の玉が次から次へと、大きく開いた穴めがけて、誘い込まれては消えてゆく。あるいは釘に弾かれて、電飾に彩られた背景を過ぎ、奈落の底へと落ちてゆく。盤面の上部に付いた電光掲示板には、数字と動画が入れ替わり立ち代り、目まぐるしく映し出される。その周囲には、竹を模した装飾が施されており、同じ字体で『CRスーパー竹取物語』との文字が彫りつけられていた。
 たいへんに騒がしい。女の横から声がした。彼女はそれに見向きもしない。声の主は男だった。隣の台に座を占める腹の飛び出た中年である。完全に剃り上げられた頭部は、脂でぬめる程に光っている。その相貌は言わずもがな、全身がこれ玉の如くであった。
 男の体がひしゃげた。どうやら屈んだらしい。木の幹を思わせる腕を、女の方へむかって伸ばす。根っこのような指のあいだに、火の点いた煙草を挟んでいた。煙草の先には箱がある。長四角の箱である。そこへ手が差し込まれるかと思いきや、すかさず別の手が追い払った。女の腕である。彼女は台を睨みつつ、彼に言葉を浴びせかけた。男が腕を戻しつつ、女の言葉に打ち据えられた。
 男女の瞳は打ち揃って、らんらんたる光芒を宿している。倉持ちになる等という妄想を、竹の如くに育てているに相違ない。彼らへ照りつけては又照り返す水銀灯は、幾十もの光彩を放つ。光を受けて、きらきらと輝くものは蓬莱山じゃ。山と積まれた箱の中身が、金銀瑠璃にと輝いておる。箱の中身は鋼である。ただの鋼で出来た玉を、きらきらと輝かせるは人である。欲心にらんらんとして燃え盛る二つの目玉である。
 これをなむ、「玉盛る」とは言い始めける。

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