小説

『メイキング・オブ・吾輩は猫である』野村知之(『吾輩は猫である』)

 できれば何も答えたくなかったが、そうもいかない。非常用の人工声帯マイクのスイッチを入れて教えてやった。
「さっき車に轢かれて、そこに転がってる」
 書生は驚いてこちらを振り向き、すぐに慌てて首を戻した。
「まずいじゃないか。お前が無駄な動きをしたから、予定調和が乱れたんじゃないのか。俺が喋ってる最中に消えやがって」
 私は抗弁した。
「按摩のショットは段取り通りだ。勝手な事をしたのお前のほうだろう。座敷で書生が喋るなんて台本には書いていない。おそらく、あのせいだな」
 ぶるっと青頭が震えた。まったく演技派は、これだから困る。
「とにかく、流れを戻さんといかん。そうだお前、代わりになれ」
「まて、私はカメラマンだ。演技なんかできない」 
「じっとしてりゃいいんだよ」
「しかしアングルが」
 書生の野だが有無を言わさず、猫の私を抱え込んだ。

 LPをもっと丁寧に説明するなら、「憑依」に喩えれば分かりよい。幽霊が過去に死んだ人間だとして、私達は未来から来た亡霊だといえる。現在においては、どちらも似たようなものだ。PVは〝憑依〟した人物なり動物なりの目線で眺めたものを録画する機能なのである。ちなみにLPは「過去に生きる」とも訳す。説明に不十分な点があった事は確かだが、私はカメラマンである。撮影するだけだ。
「要は、按摩にお前の事を『福猫』って言わせりゃいいんだろ」
 野だの乱暴なだみ声が、私のかよわい華奢な体にぶつかってきた。冷ややかにこう答えた。
「それは、どうかな」
「どういう意味だ。お前まさか、逃げ出すつもりじゃないだろうな」
 と言って、手に力を加える。自分の失敗を帳消しにしたいという焦りと、私に付け込まれるのではないかという心配が伝わってきた。
「痛いよ。私はまだ子猫なんだぞ。もし、私まで死んだらどうするんだ」
 野だは圧力を弱めた。
「梅さんがそれを言うかどうかって事だよ。この体は子供ではあるが、生まれてまだ間もないとは言えないし、見たところ黒猫でもない」

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