小説

『亀の角兵衛』NOBUOTTO(『浦島太郎』)

「そりゃあ、そうだ」と角兵衛も思う。村人に聞いた。
「ここの代官ってのはどういう方なんですか」
「旅の人かい。そりゃ親代々ここの代官なんだが、前の代官は、そりゃあ良い方だったが、今の代官は強欲で偉ぶった嫌な奴よ」
 角兵衛は、乙姫が言っていたもうひとつの指令がこれであることが分かった。最近乙姫の財宝を地上の人間が狙っているようである。これを阻止して、首謀者を血祭りにあげてこいというものであった。生来性格がおとなしい海の生き物である角兵衛である。とてもそのような残酷なことはできない。しかし、考えみるとこれは一石二鳥かもしれない。この騒動に浦島を巻き混み、そこそこ大変な思いをさせれば竜宮城に戻るかもしれない。
 浦島の元に戻って金銀財宝のありかを代官が探していることを伝えた。
「そりゃあ、お金は欲しいけどさ、そんな話し聞いたこともないしなあ」と浦島が言う。
「浦島さん、実はですねタイやヒラメが歌っていた歌の中に金銀財宝のありかが隠されているんですよ。覚えてますよね」
「さて、さて、なんて歌ってたかなあ。いつも酔っ払ってたから、なーんも覚えていない」
「毎晩毎晩聞いてましたよね。脳みそがないんか。いやいや、こうですよ浦島さん」
角兵衛は歌い始めた。
「麗しの、乙姫様のお生まれは、天にもとどく姫ケ丘。天女も降りる姫ケ丘。祠の中から天女の土産が湧いてくる。ザクザクザクザク湧いてくる。乙姫バンザイ、乙姫バンザイ」
「あらよいよい。ってな。そんな歌あったなあ。じゃあ、お前そのお宝取ってきて。俺、老人で動けん」むっとしながら角兵衛は言う。
「いや、そうじゃなくて。私でも一人で行くのは大変な場所ですから。まず、その代官とやらのところに行きましょう。ほら、あの山の麓にある大きなお屋敷に代官が住んでいるそうです」
「あいやあ、この年で、あんな遠くまで…」
「えーい。浦島さん、私におぶさってください。私もやることやって早く竜宮城に戻りたいですから」
 角兵衛は浦島をおぶって走り始めた。

 
「角兵衛、早い早い。亀の歩みはのそりでも、馬も目をむく走りかな。あらよー、あらよー」
 はしゃぐ浦島を無視して角兵衛は代官屋敷に向かっていった。

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